ちんちんのなわとび
その時、私は夜の公園で1人で遊んでいました。けっこうな夜中で、恐らく2時は過ぎていたと思います。街灯の明かりもあったので、不自由なく遊具で遊べていました。
滑り台の階段を登り、我いざ滑らん! と思ったところ、公園の入口あたりになにやら黒い人影があることに気が付きました。私は滑り台を滑ることなくその場から飛び降り、入口まで全力疾走しました。
『うわぁっ!』
入口の人影はそう声を上げると、後ろに倒れ尻もちをついた状態で私を見ました。
「いっショに⋯⋯あソボウヨ」
と私が声をかけると、未だ黒いままの人影は浅く頷き、私の差し出した手を握ってくれました。そのまま引っ張って人影を立ち上がらせ、私達はブランコの方へ向かいました。
「サキに座りナよ!」
そう言って私が振り向くと、そこには誰もいませんでした。あの黒い人影、一緒に遊ぶって言ったのに帰りやがったのか、嘘つきめ。そう思った瞬間でした。
ギィィ⋯⋯キィィ⋯⋯
目の前のブランコがひとりでに動き始めたのです。背筋が凍った思いでした。この公園、何かいる⋯⋯! 私はそう思いました。
「ああああああああぁぁぁ、ふうぅぅぅぅぅぅ」
しかし、1人で遊ぶよりは幾分かマシです。だって1人は、寂しいから。寂しいよ⋯⋯寂しいよ⋯⋯本当に1人って、寂しいんですよ⋯⋯みんな、居なくなっちゃうから⋯⋯
「ツギは鉄ぼうをヤロう!」
私は見えないお友達に声をかけました。そこに居ることは分かっているんです。ならばもう、それはお友達なのです。
ピリリリリリリリリリ
私のスマホが鳴りました。妻からでした。
『大丈夫? どこかで倒れたりしてない? 会社の人と一緒なの? 電車もう無いでしょ? 帰ってこられる?』
こんな調子で、何を言っているのかさっぱり分からないんです。妻からの電話だと思いましたが、私に妻などいません。頭がどうにかなっているのでしょうか。
そもそも、私は誰なのでしょう。全く思い出せません。なぜこの公園にいるのか、なぜ1人で遊んでいるのか、そして、いつからここにいるのか⋯⋯
私は思い出そうと頑張りました。しかし、考えれば考えるほど思い出せなくなっていきます。まるで、丸いものを指先で取ろうとしている時のように。そういう時は強めに下向きに力を加えるとスピンしてこちらに転がってきますよ。
「あぁぁぁぁぁああああああ、うぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ。ののの」
そんなことを言っている場合ではありません。私は思い出さなければなりません。私はいったい何者なのか。何をなすためにここに留まっているのか。考える度に頭が痛みます。
だんだんと吐き気も催してきました。やばそうだったので、草むらに行って吐いてきました。ここから私はどうすれば⋯⋯
ピリリリリリリリリリ
スマホが鳴りました。妻からです。
『もう、どこにいるのよ! 場所だけ教えてよ、迎えに行くから! 色んな人に迷惑かけて⋯⋯もう!』
また訳の分からないことを言われました。存在しないはずの人間に⋯⋯
「あ、先輩! やっと見つけましたよ!」
知らない男性が私を先輩と呼び近づいてきます。オヤジ狩りでしょうか。その時の私は金玉くらいしか金目のものがありませんでしたのでズボンとパンツを脱いで、金玉を彼に差し出しました。
「お納めください」
男性は私を見て頭を抱えました。
「先輩、1人で4次会行ったって聞きましたけど、相当飲んでますね⋯⋯」
何を言っているのか分かりません。とりあえずこの体勢はつらいので、早く金玉を奪ってどこかへ行ってもらいたいところです。
「駅前の公園にいました。はい、もう探さなくて大丈夫です。とりあえず先輩の奥さんを呼びます。多分出勤出来ないと思いますよ。来られても酒臭すぎて嫌ですしね」
男性は誰かと電話をしているようでした。
そして通話を終了し、金玉を捧げるポーズの私に向かって言いました。
「奥さん来るまでにズボン履いてくださいよ。さらに怒られますから」
この時、私は全てを思い出しました。なぜこんな所に1人でいるのか、自分が何者なのか、目の前の男性が誰なのかということを。
「ごめん萩野、飲みすぎてたみたいだ」
「お、先輩、ちょっと覚めてきました?」
そう、彼は会社の後輩の萩野だったのです。2次会でリタイアしたノリの悪い後輩です。私はみんなと別れた4次会の後、結局1人で7次会まで行き、べろんべろんに酔っ払ってこの公園にたどり着いたのです。
「そこのベンチに座りましょうか」
私のズボンを持った萩野がベンチを指さして言いました。
「そうだね、ありがとう」
私は左足首にあるTバックを完全に脱ぎ、ベンチへと向かいました。
「はいどうぞ、早く履いてください」
そう言いながら萩野がズボンを渡してくれました。
「絶対履かん! 履いてほしかったら捕まえてみんしゃい!」
私はフリチンのまま全力疾走しました。
「え!? くそ、おいコラ先輩コノヤロウ! 履けってもう!」
萩野が超全力疾走で追いかけてきます。私が妻に怒られないために超全力疾走までしてくれるなんて、なんと優しい後輩を持ったものかと涙が出てきました。
『とーりゃんせーとーりゃんせ こーこはどーこのほそみちじゃー』
地獄のフリチン鬼ごっこをしていると、突然どこからか子どもの声で『とおりゃんせ』が聞こえてきました。
私はさっき見た黒い人影のことを思い出し、ブランコの方を見ました。誰もいないブランコは、ゆっくりと揺れています。私の下半身についている金目のものも同じように揺れていました。
「先輩、あれって⋯⋯」
萩野も気がついたようです。ブランコに気を取られている彼を、私は後ろからガッチリと捕まえ、ズボンとパンツを脱がせました。
「何しやがる! せっかく探して来てやったのに! 酔っ払ってるとはいえさすがにもう許せん!」
萩野は私の金目のものの上に自生していたチーかまを摘み、めいっぱい引っ張りました。
「やめてくれぇ!」
私は涙ながらに訴えました。そんなに引っ張られたら皮が伸びてしまう。
「もうどうでもいいわ! 怒りマックスじゃボケェ!」
容赦なく引っ張る萩野。やがて萩野は皮を摘んだまま3mほど移動し、ぐるぐると腕を回転させ始めました。
『とーりゃんせとーりゃんせ』
また子どもの声が聞こえます。ブランコの方を見ようと振り返ると、目の前に真っ黒な人影がありました。
「ひぃっ!」
後ずさりする私に、ゆっくりと近づいてくる人影。ゆっくりと、ゆっくりと、私を通り過ぎ、萩野のもとへ向かっていきます。
⋯⋯ばちん⋯⋯ばちん
萩野はまだ私の皮を摘んだまま腕を回しています。一定間隔で地面に打ち付けられるその皮には、次第に血が滲んできました。
「く、来るな! 来るなぁ!」
ゆっくりと近づく黒い人影に、萩野は私の皮を回しながら半狂乱で叫んでいます。
その声が届いたのか、人影は私と荻野の真ん中あたりで立ち止まりました。
『うん⋯⋯うん⋯⋯うん⋯⋯うん⋯⋯』
一定のリズムで何か言っています。私の思っていた通り、この子の声はさっきのとおりゃんせを歌っていた声と同じものでした。
『うん⋯⋯うん⋯⋯うん⋯⋯うん⋯⋯よし!』
そう言って人影は私のちんちんの皮が回っているところに小走りで入っていき、1度ジャンプして向こう側へ抜けていきました。
私は確信しました。この人影は幽霊なのだと。遊び相手がいなくて寂しい幽霊は、私たちと遊んでほしくて近づいてきのだ、と。
その後幽霊はコツを掴んだのか、私のちんちん縄跳びを連続で飛ぶようになりました。
「あが⋯⋯あがあが⋯⋯あはは」
萩野は笑いながら泡を吹いて白目を向いています。幽霊を見たことでおかしくなってしまったのでしょう。私も幽霊には驚いていますが、アルコールがまだまだ抜けていないので、そこまで恐怖は感じていませんでした。
それから5分くらい経った頃、公園の入口に光が見えました。懐中電灯でしょうか、こちらに近づいてきています。街灯があるのであまり意味がないように感じますが⋯⋯眩しくて相手の姿が確認できません。その間にも、どんどんこちらに近づいてきます。
「ぎぃやあああああああああああああ!!!」
懐中電灯の主は叫びながらその場に倒れました。私は急いで駆け寄ろうとします。が、体が動きません。萩野がちんちんの皮を引っ張っているからです。
「離して!」
「⋯⋯⋯⋯」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
死後硬直が始まっていたのか、手が離れなさそうだったので、私は萩野ごと移動しました。幽霊も絡まって一緒についてきました。私は倒れた人のもとへ駆け寄り、顔を見ました。
「キワミボブリーナ!ポ!」
懐中電灯を持って倒れていたのは妻のキワミボブリーナ!ポだったのです。よく見てみると公園の外に妻のポルシェが停まっています。どうやら迎えに来てくれたようです。
私達は家に帰り、私はお茶漬けを食べました。あー、お茶漬けと水が1番美味しい。なぜいつも飲み会が終わってからこれに気づくのでしょうか。
私はずっと気になっていたことがあったので、妻に聞いてみました。
「なんでさっきぶっ倒れたの? 幽霊がいたから?」
「頭がショートしたのよ」
妻が言うには、公園にフリチンの夫とその後輩がフリチンで立っていて、後輩が泡を吹いて白目を向いて笑ってて、その真ん中で真っ黒な幽霊が夫のちんちんの皮で縄跳びをしているという光景が過去最高に意味不明だったらしく、そのせいで脳の血管のどれかが爆発したとのことでした。
私はとにかく幽霊が怖かったです。その時は酔っ払っていましたが、自分が幽霊と遊んだと思うと、ゾゾゾと鳥肌が立つんです。萩野も幽霊のせいで死んでしまいましたしね。
ちなみに、幽霊と萩野はまだちんちんに絡まったままです。
想像してみてください。怖くないですか?
罪のない人が死んだり、酷い目にあう話って理不尽で後味悪いですよね。今回はそういったものを意識して書きました。