19-01 ヤマト シュエン ラフガナスタン
セリフ回です
突然に体育館の天井が吹き飛んだ。
ぱっと開けた視界には、藍色の夜空に高く上る満月と星とが輝いていた。
目前の巨大な夜空が直接肌に触れているように感じられた。空は遠近感を消失させ、存在のすべてを賭けてのかかって来た。俺はそれをそのまま受け止めた。天から夜気が遅れて降り注ぎ、肌に吸い付いた。夜気も夜空も胸いっぱいに入り込んできた。
唐突に現れた星空は神の仕業なのだとすぐに気がついた。天井が無くなる少し前から神の憂えが伝わって来ていたからだ。
夜気は植物の呼吸のにおい、切ないような怪しいようなにおいがした。これは自然だろうか、それとも神の介在だろうか。
神に操られている俺の心には、出来事の不思議より、神の憂えの方が不可解に思えた。
何故神はこれほどの力を持っていながら、ここまで面倒な手順を経て、こんなガキどもに選択肢を与えてやるのだろうか。そして何故、選択肢を与えた途端に、再度選別を開始するのだろうか。
俺たちに天を見つめさせ、星の光で貫くのは何故なのだろうか。
俺はぼんやりと夜空へ向かって首の角度を合わせた。月や星の方に顔を向けると、自然に口が開いた。開いた口で星の光を吸い込んだ。
俺は空をぼんやりと見つめながらも、自分がそれらを目で捉えているとは思えなかった。俺は神の憂えに当てられて、茫漠とした気持ちで内省している自分を見つけ出した。
俺も少し間違えば、ここにいなかったのかもしれない。
開いた口に光が粒になって入って来た。その感触が確かにあった。
その時、はっと何かの揺らぎを感じた。ガキどもの集団の中に術の乱れを感知した。俺はそっちに目をやった。
神の言う通りだった。この中に工作員がいるってことだ。
そいつが神の思惑通り光に打たれて正体を現したのだ。
俺がこのことを神に知らせようと口を開きかけた時、ユウ姉が俺を遮った。俺に向かって、わかってるわ、とでもいうような目配せをして、
「あっ、ヤマトくぅん。じいちゃんから連絡来たわ」
ユウ姉は影の文字を操っていた。
「んん。はいはい、……ん。ヤマトくぅん、バルデンがやりやがったわ。ラフガナスタンから軍を撤退させてるらしいのぅ」
それを聞いた神は、というより、神が操っている黒ずくめの男は、夜空から視線を外して、
「あのバカッ。あいつはなんの根回しもしてないだろ」
神から怒りの波動が感じられた。
「あっ、ちょっと待って。ええ、なるほどね。んん。……、そうね。そうみたいね。ヤマトくんのいう通りだわ。突然撤退だけしてるみたい」
「新連合王国はどうしてる?」
「残ってるみたいよ。ケシがあるしねぇ」
「米共和国の中央情報部も何らかの影響力を残しているだろうな」
神の言葉にユウ姉は無言で頷いた。
「面倒なところで面倒なことが起こるなぁ」
神は黒ずくめの男の口で気の抜けた声を出した。さっきの怒りはもう消えていた。それはほっとした声のように聞こえた。このガキどもから解放されるってことだろうか。
「ユウ姉、何の話っスか?」
「だからぁ。ラフガナスタンから米共和国の軍が撤退してるのよ」
「それがそんなに重要なことなんスか?」
「あんた。自分の国が何やってるか知らないの?」
ユウ姉は目の前の影文字を吹き消しながら飽きれた顔をした。そうして首から下を影で出来た黒布に包んだ。影が勝手に動いてユウ姉をふんわりと覆うような形になったのだ。
「ラフガナスタンでですか?」
「そうよ。漢栄が米共和国軍の撤退にどれだけの影響力を持っていたか知らないけど、あのバルデンの明らかな不正選挙への漢栄の介入を見れば関係はわかるでしょ。あの不正選挙に金も票もバラ撒いてたんだから。漢栄の狙いは色々あるわよ。経済圏のためだし、資源のためでもあるしぃ。ウングル人の民族浄化や、まあ、つまりは今後の覇権のための狙いがたくさんってわけ」
「経済圏って〈一円一路〉ですか?」
「そうよ。一円一路の西ユーラシアとの中継地点にあるのがラフガナスンじゃないの。あそこを米共和国に抑えられていたら困るのよ。米共和国はね、資源や利権の渦巻くあの地帯に十四の基地を作ったのよ。バリバトンという米共和国の石油会社がラフガナスタンに乗り込んでさ。それにラフガナスタンとその周辺の国ではケシの問題もある」
俺はユウ姉の飛び飛びの説明が理解できない。それでもケシと聞いて気になった。
「麻薬っスか?」
「あんた軍人なのに知らないの!?」
「俺はあれッスから。鬼式錬成陣師を止めてからはなるべくそういう情報を仕入れないようにしてきたんスよ。事情を知りすぎたらこの仕事は続けられませんからね。できるだけ大事が起こらない場所にいくことだけを考えてたんで。それなりの仕事しかしないと決めたんスよ」
そう言う俺をユウ姉は疑わしそうに見つめた。
「それでよく生き残って来られたわねぇ。あんたさぁ、あたしたちと関わるなら、世界で何が起きてるかぐらいは知っといた方がいいよわ。あたしたちレベルの仕事になると、知りませんでした、間違いました、なんてことになったら即……」
ユウ姉はそう言って、自分の首の前で親指を横に引いた。顔には微笑を浮かべているが、瞳の奥では影の炎が怪しく揺らめいていた。俺はその黒炎に魅入られ動けなくなった。
ユウ姉はふっと力を抜いて、
「とにかくね、麻薬には米共和国の中央情報部も新連合王国も絡んでるってわけ。その金がカソボにいってんだからさぁ」
「なんすかそれ。話が滅茶苦茶すぎてわかんないっスね」
俺は自分の内に生じた影の炎への恐怖を打つ消すように、わざと大げさに驚いてみせた。そういう風に演じる自分を押さえられなかった。
「話が滅茶苦茶というより、奴らが滅茶苦茶なのよ。紛争地域で儲けた金で、別の紛争を起こして、それでまた……。そうやって色々やってんのよ」
「なんでそんな……」
俺の口から洩れた呟きに神が答えて、
「ラフガナスタンもカソボも民族対立が下地にはあるけどな。でも、それを利用して、小さな火種を大きくした奴らがいるってことだ」
「それが俺らの敵ってことっスか?」
「どうだろうな」
神は何か考え込んでじっとした。
それから独り言のように、
「今回のラフガナスタンの撤退で、僕はバルデンに権限があることを初めて知ったよ。いいや、バルデン自体には無いだろうけれど、あっち側の勢力にもまだ力があったということだ。僕の得た情報からは、最低でも米共和国軍の八割はジャックジュニア側で、二割が闇側だと思っていた。しかし、撤退を遂行して、ラフガナスタンに突然の大混乱を引き起こせたとなると、まだまだ闇側の力は侮れないのかもしれない。まあ、最後の灯かもしれないけどな」
「それなら敵はそいつらじゃないですか。トリバンに闇の勢力が協力してるってことっスか?」
「トリバン政権の時は麻薬組織はラフガナスタンに深く入り込んでいなかった。つまりトリバンは完全に闇の組織に組しているかどうかはまだわからないな。麻薬組織を作り出したのは米共和国の中央情報部だからな」
「つまりは……」
「いや、この辺は複雑でな。そもそも北ユーラシアがラフガナスタンに攻め込んだ十数年前に、それを防ごうとしたトリバンなどの組織に裏で協力していたのが米共和国の中央情報部だ。その時はラフガナスタンを守るような行動を取ったともいえる。そして北ユーラシアの侵攻を防ぐと、今度は米共和国がラフガナスタンに攻撃されたことにしてラフガナスタンを占拠した。そして軍施設を建設し始めた。さっきユウキが言ったように、バリバトンという米共和国の中堅の石油会社を使ってな。ラフガナスタンに基地を作って、今度は自分たちが浸蝕を開始したんだ。バリバトンには国家予算が付いた。そのバリバトンの裏にいたのが、当時の副大統領のチュイニーだ。その時の大統領のバッシュと石油会社のヤノカルも絡んでいる。ラフガン戦争の前からバッシュはトリバンと石油のパイプライン計画を進めていた。それが決裂して、すぐにラフガン戦争になった。米共和国が占領してパイプライン計画が進行し始めた。いいか、全部が滅茶苦茶なんだよ。そしてバッシュ政権は今のジャックジュニアと同じ共同党だ」
「どういうことっスか? 俺の記憶だと戦争を起こすのはいつだって民政党じゃないんスか。共同党が裏で利権を得ていたとすれば共同党も駄目じゃないッスかぁ」
「党や組織単位で測れないことも多い。そもそも奴らは裏で操って戦争を起こさせて、対立陣営のどちら側にも賭けているんだ。どちらが勝者になっても儲かる仕組みを作っている。漢栄労働党の黒幕もいつでも勝つ方に賭けているぞ。そういうものをぶっ壊そうとしているのがジャックジュニアなんだよ。だから強烈な抵抗を受けているんだ」
「すんません。話が飛び過ぎてて、よくわからないっス。結局、漢栄はなんでそんな怪しいところに手を出してるんスか?」
それを聞いたユウ姉が、
「トリバン側は漢栄が常任理事国だってことで、とりあえずは政権として認めてもらおうってのがわかりやすい狙いだと思うわ。反対されるにしても国連で決定は下せなくなるでしょう? それに経済と軍事での協力ね。敵の敵は味方ってことよ。漢栄としては、そういうトリバンの思惑を利用して、自分たちの覇権の足場を築こうとしてるってわけ。もうずっと前からね。米共和国軍が何故か置き去りにした最新兵器が大量にあるらしいんだけど、それもトリバンと漢栄が使えるわ。バルデンが漢栄と通じて、実質的に提供した兵器だわねぇ。でも、提供したのは漢栄に対してだけではないかもしれない。それぞれの組織の中で、それぞれにまた内部抗争があるのよ。バルデンは近いうちに外される。漢栄の内部のどちらかの陣営も消されるでしょうね。そういう大きな動きになる種がラフガナスタンにはあるのよ。大体さぁ、テロリストがいきなり最新鋭の兵器を使えるなんてのはおかしいのよ。知識や訓練が必要なのにね。その訓練を誰がどうやって何年もかけてやってきたかって考えただけでも裏が読めてくるわ」
ユウ姉はそう言うと神に目配せした。
「何千億ドルもの米共和国の兵器がラフガナスタンに置き去りにされたのは異常なことだな。バルデンは完全に狂っている。それを追求しないメディアも全部グルなのがさらなる狂気だ」
神が操っている黒づくめの男が呆れたような声を出した。
「このあとどうなるのかしら。あの兵力を背景にして、漢栄は圧力をかけたりするのかしら?」
「さすがにないだろう。兵器とトリバンの存在を交渉材料にして、少しでも漢栄にとって有利な条件を引き出そうとするんだろうよ。もしそうじゃなかったら、漢栄の終わりはさらに早まるだろうな。あれはカードでしかない。ただでさえ、今は漢栄の経済は潰れかけているからな。本当はもう潰れているのかもしれない。あのロジャー・ソラスでさえ、漢栄の経済に警鐘を鳴らすくらいだからな。ソラスの言動を見ると、裏での決裂が透けて見えるな。漢栄は国内企業から金を無理矢理むしり取ってもいるし、本当に限界が来ているだろう。闇側にしろ、ジャックジュニアにしろ、漢栄の経済を完全に潰すことに決めたら、ラフガナスタンでの行動も何もかもが無駄になるだろう」
「洪水も起きてるわよね」
「洪水が起こされているってことかな」
神は息を吐いた。
「麻薬組織に手を出せば、新連合王国は本気で怒るかしら」
「ああ、完全にキレるだろう。結局は闇と闇とが揉めているようなものだな。職務を全うして置き去りにされた米共和国兵や、ラフガナスタンの民間人だけが犠牲者だ」
「ラフガナスタンの旧政権も中央情報部と繋がって、汚職まみれだしねぇ」
二人は頷き合って会話を閉じた。
俺には神とユウ姉の話がよく分からなかった。
このままでは戦闘能力だけではなく、情報面からも置き去りにされてしまう。
ついて行く決心だけをしても、中身が追い付いていなければ、俺はきっと自分のことが嫌になる。自分の力不足を他人を恨むことで解消することになる。そのせいで神やユウ姉から離れる時が来る。そして、あの人たちは特別だから、なんて言い訳をするのだろうか。
俺はそういう人間には絶対ならない!
俺は気づくとこぶしを固く握っていた。左の手のひらに痛みが走った。
「さて、それはそうと……」
神は操っている黒づくめの男の口でガキどもへ向かって穏やかに話しかけた。
「この中に兵器を扱える子はいるかな? 扱えるっていうのは、システムロックやその解除ができるって意味だよ」
返事をするガキはいなかった。
「あれ? そこの三人の中に一人はいるはずだと思うけどなぁ」
神がそう言うと、ガキどもの集団の中から、突然三人が宙に浮いた。浮いたと言っても床から三十センチほどだ。それでも三人は周りのガキどもから頭二つ分も上に飛び出していた。それを見てざわめきが広がった。
宙に浮いた三人のガキの内、女の一人は驚愕の顔で神が操っている黒ずくめの男を凝視していた。口をあんぐりと開いて驚き以外の感情が消失した世界に閉じ込められたかのようだった。
男の一人のガキは素知らぬフリを通そうとしていた。宙に浮いて目立っているので、どうやっても無理があるのだが、本人は自分が浮いていることも、スパイとして見つかったことも認めたくないようだった。
最後の一人は髪に一筋白い束のある女のガキだったが、こいつは宙に浮いてもむっつりとしているだけだった。ただまっすぐに前を向いて、こちらに横顔を見せ、憮然とした顔でじっとしていた。
三人が何も答えないので、神はこのガキどもを自分の方へと引き寄せた。ガキどもは神が操っている黒づくめの男に近づけば近づくほど顔がどんどんと引き攣っていった。顔面に恐怖が罅のように刻まれていくのが見て取れた。
三人のガキどもが神の目の前に来た。
憮然としていた白髪束のガキも恐怖で肩や腰が小刻みに震えていた。
ガキども三人は神の前に来ると、すとんと地面に落ちた。その場に三人横一列に並んで正座の形になった。
すると神が操る黒ずくめは、まず男のガキの額に手を翳した。
「君かなぁ」
神は何かわかるらしく、男のガキから手を離した。
次に女のガキへ。
「ふんふん。君かな?」
女のガキの額にも手を翳した。
それから最後のガキへ。
「君か……」
「わたしですッ!」
神が手を翳す前に白い髪束のある女のガキが答えた。まるで自分から先に答えなければ酷いことが起こるとでもいうようだった。
神は少しの沈黙の後に、
「ロックも解除もできるの?」
「……はい」
「じゃあ、ラフガナスタンに行こうか」
唐突な言葉だった。
神がそう言うと、白髪束のガキははっとした顔をした。
ユウ姉が口を挟んだ。
「その子、スパイじゃないの? どこのスパイかわかんないけど、トリバンや漢栄に渡った兵器をロックしたなんてことになったら、一生狙われるわよ」
ユウ姉は白髪束の女のガキにわざと聞こえるように言った。
「そしたら、僕が殺さなくて済むよ」
神が操る黒ずくめの男が夜空を振り仰ぎながら言った。
ガキども三人が神が操る黒ずくめの男を見上げた。目が泳いで口が開いていた。
それを見ながらユウ姉が、
「……、ヤマトくんがやらなくてもいいわ」
穏やかな目で瞬きをした。
神は笑って、
「そういう意味じゃない。殺す側から守る側になれるからね」
「守るって言ったってさぁ。切りのいいところで北ユーラシアとの関係も解消するつもりなんでしょう?」
「どうだろ。トゥーチンの態度次第だな。漢栄に協力しているように見せかけながら、実際にはジャックジュニアに協力していればいいんだけどな。もしそうじゃなく、漢栄を生き残らせる方に動けば、僕はトゥーチンを切るよ」
「それだとさぁ、時期によっては、あたしやじいちゃんと戦うことになるかもねぇ」
「羽山健敬は全部わかってやっているんだろう。あの人が北ユーラシアに協力しているうちは大丈夫なんだろうよ。それとも自分で決着をつけるつもりかな。でも、とにかく、僕の判断の時期と違っていればあり得るね」
「じいちゃんに勝てるつもりなの? あれはそういう存在じゃないのよぅ!?」
ユウ姉の瞳に暗い影が揺れた。
神は笑って、
「僕も人間ではなくなったよ。勝てないまでも負けないかもしれないよ」
神がそう言うと、ユウ姉は寂しそうな顔をした。
「じいちゃんとは絶対に戦わないで。そういうことじゃないから」
「出来る限り戦わないし、戦いたくもないよ。とにかく子ども一人くらいは何とかなるだろう」
「子ども一人って、ユマとミマはどうすんのよ?」
「あいつらは駄目みたいだな。僕のこれからの道について来られるような人間ではないようだ。普通の子どもとして生きればいい。それがいいんだ。でも、この子はもう……」
神が操る黒ずくめの男はそう言って、白髪束のある女のガキを見下ろした。それから神がこのガキに手を翳すとガキは苦痛の悲鳴を上げ出した。
ギャアァァァキャェゲェェ
周りのガキどもは突然の叫びに騒然となった。神はそれに構わずに、
「ユウキはミマとユマを新連合王国で住めるようにしてやってくれ。鬼式錬成陣を使わずに暮らせるような環境に潜り込ませるんだ」
「簡単に言うわねぇ」
ユウ姉は溜息をついた。
「新連合王国にもまともな人間はいるさ」
神は白髪束のガキに翳した手を下げた。悲鳴は途絶えた。ガキはその場に倒れて胸で息をした。
ユウ姉は白髪束のガキを見下ろしながら、渋々といった様子で頷いた。
「それで他の子たちは?」
「他の子はさっき言ったとおりだよ。一部は米共和国に、一部は北ユーラシアにだ」
「鬼石を生み出す人生が続くってこと?」
「それはそれぞれの国の人間次第だな。北ユーラシアに行った子どもは、とりあえずユウキと羽山健敬が守ってくれるんだろう?」
「もしじいちゃんがその気になればね」
「米共和国もジャックジュニアに渡れば、悪いことばかりではないだろう」
それを聞いてユウ姉は黙った。
「それじゃあ、とにかく選別を始めようか」
神はそう言うと静かに目を閉じた。
子どもたちの選別が始まった。
俺の右手の瞳が開く。するとそこから恐怖がまき散らされる。この恐怖に打ち勝てるガキは体育館の外に出られる。出られたガキは北ユーラシア行きだ。出られなかったガキは米共和国行きになる。この過程で、神やユウ姉は他のスパイも判別しているらしい。
俺から見ると、米共和国と北ユーラシアはどっちがいいのかわからない。今の情勢なら米共和国に行った方が幸せな気もする。バルデンと漢栄はべったりだが、経済面では米共和国の方がマシだ。問題は庇護するものが誰なのかという点だ。北ユーラシアに行けば、しばらくの間は神やユウ姉の庇護下に入るらしい。そうなれば、少なくとも漢栄の施設で受けていたような扱いは受けなくて済む。米共和国に行って、バルデン関係に捕まれば、悪魔崇拝者たちの餌食になるだろう。
選別はスムーズに進んだ。
スパイと思われるガキがまた二人見つかった。しかし、その二人は鬼式錬成陣の力も弱く、この施設の情報を流していただけらしい。中央情報部が送り込んだようだ。その情報をユウ姉が影の術で無理矢理に引き出した。
「中央情報部が入り込んでいるとなると、ここからの移送にもバルデン側が絡んでくるかもしれないわねぇ」
「あいつら鼻だけは利くからな」
「そしたら百以上も所有しているメディアを使っておかしな情報を流しまくるかもよぅ。有名ジャーナリストもわかっているだけで百人近くは飼ってるしねぇ」
「漢栄が流す情報は嘘だと思っている人間も、CMMやBCCの流す情報が嘘だと思わないからな。実績や受賞歴があるジャーナリストが飼われていることも信じないだろうしな」
神が操る黒ずくめの男は腕を組んだ。
「ラフガナスタンへの道中でメディアを潰す方法を考えるよ。資金を止めれば終わりだけど、それ以上に人々の意識を変えないといけないな。それには英雄が必要かもしれない。中央情報部に作られた偽の英雄ではない英雄が」
「ヒロインでもいいのよぅ!」
ユウ姉がふざけて、体を捻り自分の胸や尻を強調して見せた。
「お前も英雄にはなれるかもしれないけどな」
「もおぅぅ」
俺は二人の和気藹々としたやりとりを見ながら、世界の大事をこんな風に話し合っていることに違和感を覚えた。
二人にとっては世界の大事だろうがなんだろうが、実行可能な現実なのだ。自分たちがそれが出来るということを本当に信じている。
俺がこのやりとりに違和感を覚えるのは、自分には出来ないと思っているからだ。いや、そう思う前にすでに思わされているのだ。不可能だと思っていることにすら気づかないほどに、ごく自然に無理だと感じている。
だから出来ないのだ。
俺は悔しい。なんだかわからないが、俺の知らないうちにこんな風に思わされている自分が悔しくて悔しくて仕方がない。
俺は何かやってやりたいような気持になった。
「たかが中央情報部くらいなら俺が潰してやりますよ!」
俺は二人の方を向いて大声で言った。右腕の瞳がぐっと開いてガキどもがさらに怯え出した。
ユウ姉の方を向いていた神がこっちを振り返って、
「二万人、いいや、もっといるだろうな。そんな中央情報部をか?」
「はい、そうですよ!」
「世界中に根を張り巡らせているんだぞ」
「そうしょうけどね」
神は少し黙ってから、
「シュエン、本気でそう思うことが大事だ。人間が本気になれば物凄いことができる。どんなに取るに足りないような人間でもな」
「俺が取るに足りないってこ……」
「そうじゃない。誰もが自分を駄目だと思うものだ。そう思わせるように世界を作っている奴らがいる。ニュースなんかを見れば、悪いことばかりが流されている。それらを見ることで、ものの考え方が作られていくんだ。見たものすべてを否定するような方向に動かされる。自分も他人も信じずに、世界では物の奪い合いが必然的に生じると信じ込まされている。そういう考えから抜け出すには、自分を信じることが必要だ。やろうと思ったことは出来る。そういう考え方がどうしても必要なんだ」
神はそこまで言うと一度深く息を吐いた。
「出来ると思った自分を忘れるなよ」
神は大きな声で言った。その声は俺の体の芯まで響いて来た。そして神はガキどもにも聞かせた気がした。ガキどもの中にも何かを感じているらしい奴らが何人かいた。
「俺はやりますよ!」
神がどんな気持ちで言ったのかわからない。しかし、神やユウ姉が自分たちは出来ると信じていることは確かだ。
俺はガキどもの怯えを抑えるために、右手の瞳を僅かに閉じようと思った。神のように確信を持ってイメージした。そうすると瞳の瞼が数ミリ閉じて、とろんとした目に変わった。俺の中に驚きが走った。
瞳が俺の思い通りに動いたことで、俺は得体のしれない自信を得た気がした。
「ユウ姉ぇ、俺にはまだ仕事がありそうっスねぇ」
俺はニヤニヤしてユウ姉に話しかけた。
「間違えなければねぇ」
ユウ姉の乾いた声が響いた。
それを見て神は笑っていた。




