1-9:医者に会おう
財布もギルドポイントも無くして現状一文なしになった俺達は、皿洗いをして許して貰えたが、俺はあの女性が頭にチラつき、皿を一枚。エウロスは不器用で俺の身体の力が制御できずに三枚割った。
本当はもっと働かなければいけないのだけど、そこは顔馴染みのよしみで減刑となった。
この身体になってから、恋患いは少しだけマシになった。こいつがちょっと似ているからか?
店を出た足で裏にあるナナリーの医療店へと向かう。
入り口の扉を開けて中に入ると、薄暗い店内に療養所とは違うほの苦い臭いが立ち込めていた。
棚には薬品や、薬に使うであろう動物の剥製やらが飾ってある。
「な、何ここ、趣味悪いわね」
一見なら回れ右をして帰る雰囲気の店だし、その言葉が出てくるのも無理はない。
ナナリーは店のカウンターにいなかった。まぁここに座っている事が珍しいのだが。
店の奥に行ける通路の入り口の上に貼り付けられた、治療中の文字の看板が赤く不気味に光っていた。
「とりあえず、奥に行くか」
カウンターに置かれた妙にリアルな蛙の置物を四回押してから地下へと続く階段に入ると、エウロスも見様見真似で付いてきた。
因みに、蛙の置物を押さなければ防犯装置が発動して、電流を浴びせられる。
「ぎゃああああああ!」
店内よりも薄暗い階段を降りていると、奥の方から叫び声が聞こえてきた。
「ひっ、な、何よ今の声」
この俺が体躯の違う女性に身を寄せ、体を縮めて怖がっている様は一生見られないだろうな。
「治療してんだろ」
怖がっているエウロスを置いて先に歩く。
階段のの行き当たりに、仄かに光が差し込む部屋が見えてきた。
「ぐぎゃあああああ!痛え!痛えよ!」
その部屋に近づく程に悲鳴は明確になり、壮絶になる。
「ねぇ、ねぇねぇ、本当に治療なの?人を解体してないわけ?」
「う、うーん。自分の目で確かめてくれ」
いきなり言葉で説明しても理解されないだろうから、まず見てもらわないといけなかった。
息を呑んで治療している部屋をエウロスは覗き込む。
処置室にはたくさんの医療器具であろうものが置かれており、処置室の真ん中に診察台があった。その診察台に男性患者が磔にされていて、腕の関節が外れあらぬ方向に曲がっていた。
診察台の前にはマスクと自分の息で曇った眼鏡と三つ編みお下げが特徴のナナリー•ハンナリーが、ニタリと笑みを浮かべながら、ちょうど男性患者の腕にハンマーを振り下ろす瞬間であった。
「ぎゃあああああああ!」
「ぎゃあああああああ!」
男性患者に呼応したのかエウロスが叫んだ。
「あ、あんた!なんてもの見せんのよ!スプラッターが趣味なの!?あたしご飯食べ食べよ!戻ってくるわよ!奴が戻ってくるわよ!」
口元抑えて顔面蒼白で言い寄られるも、俺は落ち着いて対応する。
「よく見てみろ」
「見たわよ!見てるわよ!あの男の腕がぐっちゃぐちゃに!……なって……ない?」
男性患者の腕は元の腕の形に戻っていた。
「はーい、治療終わりー。お大事にー」
「せ、先生ありがとうございます。うぇひっ、ま、またよろしくお願いします」
男は磔を解いてもらい、俺たちを見つけてから荷物を持って、そさくさと診察室を後にした。
「あたしは何を見せられたわけ?」
「ナナリーは表向きは医療用用務店を営んでいるが、裏の顔は開業医、悪く言うと闇医者だ。
その治療法はあのハンマーで痛みを与えた分、同じ痛みを治療できる。そんな加護を持っている。
その治療方法が見た目あれなので、医学界から追放されて表立ってできないんだよ」
「な、なるほどね。でもやられている方も、やっている方も喜んで言うように見えたわ」
「観察眼が鋭いな。
ここにくる患者は痛みとナナリーが目当てだし、ナナリーも自分の加護でどこまでできるか研究するのが趣味だ」
「要するに、ヤバい場所ね」
「札付きのな」
「おいおーい。勝手に私の所業を悪行みたいに言わないでくれー。あれは医療行為であって、趣味ではないよー。
全くアズマ君、君ってやつはけしからんねー。む、むむ?アズマ君が説明していたんじゃない?」
俺が中に入っているエウロスの身体をまじまじと見る。
「いや、俺だ」
ナナリーに入れ替わりの説明をする。
突拍子もない事で最初は怪訝な顔をしていたが、エウロスが俺の身体で風を操って見せたことから、目を輝かせて前のめりで話を聞いてくれた。
ナナリーなら興味を示してくれると思っていた。
「なるほどねー。んでエウロス神とアズマ君は元に戻りたいとー」
そう言うとナナリーは立ち上がって、診察室に置かれている神学の本棚の前に移動した。
「そうなのよ。あんたなら何か知っているんじゃないかって可愛いニニリーがね。
あたし、一生こんなムキムキな身体嫌よ」
「俺もこんな贅肉だらけの身体は嫌だな」
「何よ!あたしの身体のどこに贅肉がついてるって言うのよ!
胸?胸はステータスよ!贅沢な肉ではないわ!むしろ減らせるなら減らしたいし、あげれるなら持たざる者にあげたいわね」
「普通に腹の肉が気になる」
「あんた!デリカシーってもんがないわけ!?」
「お前が言うな」
「あー、あったあったこれだよー」
口喧嘩も気にせずに、本棚から一冊の本を持ってきて、ページを見開いて診察台に置いた。
本を覗き込むように二人で見る。
そのページは神と神がお互いの髪の毛を巻きあって、額をつけ合っている絵が載っていた。
「これが・・・何よ」
「これはねー、お互いに愛し合った神様と神様が入れ替わっちゃうお話なのよー。
それでそのお話で神様達が元に戻ろうとしている絵だよー。
これは一番最初にやった、お互いの髪の毛を絡めあって入れ替わった原因である額と額を合わせて戻そうとしてるんだよー。
ほら、この額がぶっかって入れ替わるってのはアズマ君達の状況と類似してるでしょー」
「確かに、そこだけは似ているな」
愛し合ってるとかありえない話だ。お互いの顔に罵倒で泥を塗りあってる仲だぞ。
「へ、へぇーこんな物語が下界にもあるのねー」
「何でナナリーの話し方を真似してるんだよ」
「き、聞いてたら移っただけよ!」
変な奴だ。・・・元からか。
気にせず本のページを捲ってこの物語の結末を読む。
どうやら他にも手段を色々試し、それらの過程と段階を経てお互いの愛を再確認することで、ぶつけ合ったとこを重ねると戻るようだ。
愛を再確認ねぇ。なんか馬鹿馬鹿しく思える。
だってエウロスに愛情なんてないから。可愛さ余らず憎さ百倍。ただただ憎いだけ。
「とりあえず、この物語をなぞってみるー?」
「オチがありえないが、やってみる価値はあるな。エウロスもそれでいいか?」
「えっ?えぇ、何でもいいわよ」
話聞いていたのか怪しくなる反応。当事者としての自覚が足りないようだ。
戻りたいのか戻りたくないのか、どっちやら。
「じゃあとりあえず、第一段階の額ぶつけておくか」
「任せてちょうだい!」
そう言うとエウロスは俺のモチモチした頬をゴツゴツした手で掴んで固定して、身体を大きくそらす。嫌な未来しか見えない。
「おまっ!」
ゴン!!!
静止の言葉も間に合わずに俺とエウロスの額が鈍い音を立ててぶつかった。
俺の意識は吹き飛んだ。
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I need more power!!!!