5-5:世界樹林4
「クエピーちゃんが攫われたの!?」
「しかもさらった相手が上半身はタキシードで、下半身が褌姿の男ー?」
「夢でも見たんじゃないの?それとも森の妖精さんに出会ったのよ。春だしそういう妖精がいてもおかしくないわ。いだっ!何であたしだけ叩いたの!」
「胸に手を当てて考えろ」
クエピーが攫われたことを説明し終え、エウロスだけがふざけていたので叩いて修正しておいた。
しかし攫った相手もふざけた格好をしていたので、エウロスのような反応を返されてもおかしくはない。だが、現実にクエピーはその変質者に誘拐された。
「アズマ君はその誘拐犯の気配は探らないのー?」
「残念だがそいつの気配を消す能力が凄すぎて俺には無理だ。それにクエピーの気配さえも掴めない」
「やーんどうしよう。どうしよう。何かその誘拐犯さんが手掛かりを残してないのかな?例えばお姉ちゃん好きとか」
「そう言えばあの変態世界樹の夜露を取りに来たとか言っていたな」
「じゃあ世界樹まで行けばいいんだねー」
「待っていてクエピーちゃん!お姉ちゃんが助けてよしよししてあげるからね!」
世界樹の元にクエピーがいると信じて俺達は再度世界樹へと向けて歩みを進める。クエピー、無事でいてくれよ。頼むから殺されないでくれ。
世界樹の元へと近づくに連れて気温が下がってきているのが肌で感じられた。
「寒っ!マイナスイオンって言うよりも、氷点下じゃない!」
エウロスはガチガチと身体を震わせながら白くなった息を吐いて言った。
「雨が降った後だと世界樹近辺では世界樹のおかけで気温が劇的に下がるからねー。まぁそのおかげで夜露が出来るんだけれども」
そういうナナリーは準備が良く、モコモコとしたファーがついた防寒着を着用していた。着ていないのはエウロスだけである。
「何であんた達は着てんのよ!あたしここで凍え死ぬの嫌なんですけど!冷凍保存されて数千年後とかに掘り起こされるの嫌なんですけど!」
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に温まる?」
ぎゃーぎゃーと講義するエウロスを見兼ねたイマテラスさんが自分の防寒着を少しだけ脱いで、エウロスを手招きする。俺の身体でそんな良い思い、もとい不甲斐ないことをさせるわけにはいかないので。
「ほら、お前のだ」
どうせ持ってきていなんだろうと荷物の中に忍ばせておいた毛布を渡してやる。
「毛布じゃない!しかもいつも使ってるやつじゃないの!何これなんであたしだけこんなのなの!?」
「要らないんだな?」
「いります。要ります。アズマ様。ありがたく頂戴致します」
毛布を荷物の中にしまう振りをすると、驚きの変わり身の速さで俺に媚びへつらった。こういう態度を見る度にこいつが女神なのか疑わしくなる。
「む、根本に着いたみたい」
エウロスと馬鹿なやり取りをしていると、どうやら世界樹に着いたようだ。
村一つ分の大きさはある木の幹を見上げると何年かかったのかは知らない枝葉が生い茂り、空にあるはずであろう月を隠していた。
世界樹林に入った時はまだ日が落ちきっていなかったが、もう日もすっかり暮れて、周りの視界は僅かに差し込む月明かりだけだった。
そんな月明かりの下の世界樹の幹にクエピーが寝かされていた。
「あっ!クエピーちゃんだ!イマお姉ちゃんが助けてあげるからね」
イマテラスさんがクエピーを見つけて踏み出し、クエピーの手前まで駆け寄ったその時、悲鳴と共にイマテラスさんが地の底に消えた。
「なになに!何でイマテラスが消えたの!?」
「動くなエウロス!」
イマテラスさんが消えた謎を解き明かそうとしたエウロスを静止させる。イマテラスさんが何らかの罠にかかったのは間違いなく、罠にかかった瞬間に、さっきまでなかったモンスターの気配が湧いて出てきた。
ゴブリンとは違う。ゴブリンよりも身体がニ回り大きく、ゴブリンよりも更に人型に近いモンスター。オークが一体姿を現す。
「あれはオーク!オークよね!ゴブリンの上位種であるオークよね!」
「そうだが、何がそんなに嬉しい?」
「だって経験値一杯貰えるじゃない!お得じゃない!あたし!あたしがやるわ!」
「だから待てって。イマテラスさんが消えた理由が分からないし、分かるまで無闇に動くのはよせ」
「そう。じゃあ動かなければいいのね」
そう言ってエウロスはジャイロボールを作り出し、きっちりとした投擲モーションでオークに向かってジャイロボールを投げた。
「俺様は魔おぶっ!」
オークが名乗りを上げようとしていたところにエウロスのジャイロボールが顔面に当たってオークはその場で倒れた。
「おい何か今言おうとしてたぞ」
「そ……そう?あ、あたしには聞こえなかったわ。あはは」
どうやら聞こえなかったことにしたいらしいが、嘘発見器が鳴っている。まぁモンスターと話し合いなんて滅多なことがない限りないから、別にすぐ倒してもいいが。
「ナナリー何か分かったか?」
「うーん。イマテラス女史は落とし穴に落ちたっぽいー」
ナナリーは目を凝らしながらイマテラスさんが消えた場所を見ながら言う。俺も同様に目を凝らしてみても、丁度暗くてよく見えなかった。
「誰か、まぁおそらくはさっきのモンスターが仕掛けたのか。だとすればさっきの変態もモンスターってことか?」
「うーん。どうなんだろうー。世界樹の夜露を取りに来た人かもしれないよー」
あの格好で世界樹の夜露を取りに来ているなら命知らずだろう。
「そうね。それはないはね」
「何でそう思うんだ?」
エウロスにして珍しく断言した物言いだったので聞き返す。
「だってあれ魔王軍だもの」
「は?」
「ま・お・う・ぐ・ん」
耳元で聞き取れるようにハキハキと区切りをつけて言われる。聞こえないんじゃない。予想外な答えすぎて聞き返してしまっただけだ。
「何で魔王軍なんかがいるんだよ」
「はぁ?あんたここに何しに来たのよ!?」
「何しに来たってずっと世界樹の夜露が必要って言ってるだろ」
「世界樹の夜露?何それ?今回のクエスト納品なの?」
「クエストって、今回はクエストじゃなくて、俺達が元に戻れるかもしれない世界樹の夜露を取りに来たんだろ」
「世界樹の夜露……あっ!あぁ!あの本に書いてあったあれね!それがどうしたの?もしかしてここにあるの!?やったわね!一石二鳥よ!」
今まさに思い出したようにエウロスは手を打った。こいつ今の今まで世界樹の夜露の話を俺達がしていたのを聞いていなかったのか?と言うか、存在自体を忘れていたのか!?
「お前はお前で何の目的で来てたつもりなんだ?」
「あたし?そりゃあ魔王軍を潰すためよ!」
「魔王軍がここにいるのか?確かにオークは魔王軍に在籍していることが多いが……」
もかしてさっきのオークは魔王軍って言おうとしていたのか?
「何でお前が魔王軍がここにいるって知っているんだ?」
「あの細目の男から聞いたのよ!ここの近辺で魔王軍を見たって情報をね!」
「マガツヒさんか。お前魔王軍なんか眼中にない物だと思っていたが、そこまでヴェルサスの街を愛してくれていたんだな」
ヴェルサスに住んでいる俺でさえも補修は明日と言い、世界樹の夜露というお目当ての物が現れた瞬間にそちらに飛びついてしまった。なのにエウロスはヴェルサスの為に魔王軍を討伐に来ているのだ。俺は自分が恥ずかしい。
「当たり前よ!あたしがどれだけ親方に叱られながら、あのアーチを完成させたと思ってるの!そのアーチを壊されて泣き寝入りするほどエウロス様は根性なしじゃないわよ!」
違った。ただ自分が苦労して作った物を壊されて気が立っているだけだった。それでも怒るには正当な理由だけども。
「確かにー、世界樹の周りのモンスター魔王軍にいるモンスターばかりだったからエウロス神の言っていることを加味すると、私達結構マズイ状況かもー」
パチパチと世界樹林に乾いた拍手が鳴り響く。俺達はその音の方を注視する。すると、世界樹の幹の影になっている場所から音がした。
「誰だ!」
俺が警戒をしてそう叫ぶと、そいつは影から出てきて姿を現した。
上半身タキシードで、下半身褌の男。
「春ね」
その男を見てエウロスはボソリと呟いた。こんな奴で春の訪れを感じたくない。
「面白い!」「続きが気になる~」と感じ、お思いになられたら、
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