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4-1:春の風物詩

「やっと終わったわ!」


 大工仕事にもようやく慣れてきた頃にエウロスの作業は終わりを迎えた。


 春芸祭の準備のクエストはこれにて終わり、後は残り一週間となった春芸祭を楽しむだけである。


「って楽しんでる場合じゃない!」


「な、何よいきなり大きな声出して……お腹空いてるの?もうちょっとで来るから待ってなさいよね」


 いつも通りに仕事終わりに酒場に来て、先に頼んだ飲み物を飲み干す勢いで飲んでいたエウロスに諭される。


「腹を空かせてイライラするお前と一緒にするな」


「じゃあ何なのよ。何をそんなに焦っているのよ」


 エウロスはなぜ俺が焦っているか心底わからなさそうに首を傾げて言った。こいつ本当に目的を忘れているな。


「お前のせいで作った借金を返さんといかんだろ!」


「なーんだ、そんな事ね」


「随分と余裕だな」


「だっていくら焦ろうが、割りの良いクエストなんて湧いて出てくることなんてないもの」


 尤もなことを言っているけど、エウロスに言われると神経を逆撫でにされるな。


「そんな君らに良いクエスト持ってきたでー」


 俺とエウロスが対面して座っている隣に急にマガツヒさんが現れた。


「び、びっくりした。どこからともなく湧いてこないでよ!心臓飛び出るかと思ったじゃない!」


「今週のびっくりドッキリワクワクマガツヒさんを楽しんでもらえて僕もやりがいがあるわ。あ、炭酸水砂糖多めでよろしゅう」


「マガツヒさんが酒場にいるなんて珍しいですね」


「せやろか?僕は結構ここにおるけどね」


「そうなんですか?」


 言う割には姿を見たことがないのだが……またマガツヒさんが適当なことを言っているだけだろう。


「まぁまぁ僕の話よりも、君らのお話や」


「負債クエストが決まりましたか?」


「いんやーまだそこらへんの段取りはついてないんや。今日持ってきたのは春の風物詩をしてもらおうかなって」


「春の風物詩?あ!分かったわよ!花見ね!春に蕾から花咲かせる木々を見ながら飲食をする行事ね!」


 エウロスの頭の半分は職に侵されているのだろう。


「ぶっぶー。ヒントは明日から天気が荒れる。やで」


 そのヒントで俺は理解して顔を引き攣らせる。エウロスも理解したのか露骨に嫌な顔をした。


 俺達の表情を見てマガツヒさんはニッコリと笑う。


「六日後に春の大嵐が来る」


 マガツヒさんの透き通るような声が喧騒まみれの酒場に通って、一瞬静寂が訪れる。その静寂も台風の目のようで、喧騒が悲鳴に変わる。


「うわー!そんな時期かよ!!!春芸祭のせいで抜けてた!!!」


「どうしよう家の補強してないわよ!」


「俺なんて犬小屋暮らしだぞ!死んじまう!」


「商売上がったりになっちまう!!」


 それぞれの悲鳴が聞こえてくるなか、マガツヒは笑顔を崩さず続ける。というかさっきよりも楽しそうだな。この状況をわざと作ったな、この人。


「君らには春の大嵐を抑えてもらいたい。なんや聞いたところによると、パーティー組んだらしいやん?ちょうどパーティー限定クエストやし、やってもらいたんやけど、どうや?」


 周りの人間が戦々恐々としている春の大嵐とは、春に一度だけやってくる大型の嵐。台風である。その勢力は毎年強く、沢山の爪痕を残す脅威的な自然災害と知られている。春芸祭の後か、前に来るので、ヴェルサスの春の風物詩としても知られている。


 毎年俺はユウヒ達とこのクエストに参加しているので、どれだけ苦労するクエストかは肌で知っているし、あの問題だらけのパーティーでは挑みたくなかった。


 二人でできるクエストではないと断る理由にしようと思ったが、情報屋並みに情報を持っているマガツヒさんの耳には既に俺たちがパーティーを組んだことを知っていた。


「パーティーを組んだって言っても四人ですし、春の大嵐は十六人以上のクエストですよね?あたし達じゃ数不足ですよ。それに春の大嵐ってA以上のクエストですよね?」


「そうやね。今回はそこが問題でね。ユウヒちゃんパーティーには無論頼んだんやけどね、ユウヒちゃんは王都に招集かけられてておらへんねん。そのせいで有志が少うてな。僕らも苦渋の決断でBBからでも出来るようにしたんや。せやからそこんとこは気にせんでもええよ」


 BBにしたとしても来たがる人はいないと思う。


「ねぇアズマ、先に言っておくわ。あたしは嫌よ」


 珍しく春の大嵐のことを知っているエウロスはクエスト拒否した。風を司る女神でもあるから春の嵐のことを知っているのだろう。


「因みに報酬額は一人当たりこれだけ出すで」


 ペラリと書類を取り出して机に置く。春の大嵐の迎撃の報酬額はなんと例年より高い一人当たり50万ゼン。なので俺とエウロスが受けてこなせば100万ゼンは手に入る。


「ぐっ、確かに魅力的ね。だけど、だけどお金には屈しないわ!意志の強さを見せてあげるわ!」


「ほんで今回は貢献度報酬があって、一番活躍した人に特別報酬を用意してるんや。それがここに書いてある一覧」


 マガツヒさんが指を刺した場所をエウロスは覗き込むと、目が金に染まった。


「やるわ!俄然やるわ!」


 エウロスが急にやる気になった。薄弱な意思だな、おい。

 俺もその特別報酬額を目にしてみると、驚愕してしまう。


「100万ゼン!」


 報酬額よりも高い100万ゼンが書かれていた。


「そ、今回は奮発に奮発や」


 奮発と言うが、これユウヒがいない分の資金をこの特別報酬額や報酬金に割いて、人を集めようという魂胆じゃないか?


 このクエストにはユウヒは特別指名されて強制で受注される。なので報酬額の他に特別指名手当が出るがユウヒはそれを懐には入れず寄付に回している。皆平等じゃないと気が済まないらしい。


「で?アズマ君は乗り気やけど、エウロスちゃんは受けてくれるんかな?」


 嫌な笑顔で訊ねてくるマガツヒさん。エウロスがこんなに乗り気になっているし、ぽっと湧いてきた高額なクエストを断る理由は、現状ないだろう。


 本当はやりたくないが、お金が必要なのだ。


「やります」


 渋々そう呟くとマガツヒさんは深く口角を上げた。


「ほな今日中に手続きよろしくな。あ、そうそうここは僕の奢りやさかい」


 炭酸水を飲み干してからマガツヒさんは席を立って手をヒラヒラさせて去ってしまう。


 場を荒らすだけ荒らして去っていくのは、嵐のような人だなと思うのであった。

「面白い!」「続きが気になる~」と感じ、お思いになられたら、



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