2-1:地下送り
「アズマ、君がいてくれて助かっているよ」
酒場にいた人達も少なくなり、残っているのは酔ってうわ言をぶつくさ呟いている客や、大きないびきをかいて寝ている客に、俺とユウヒだけだった。
「何だよいきなり歯が浮くような事言って、煽ても今晩は奢らないぞ」
仲間を褒めることはそりゃあるが、こうして二人の時に面と向かって言われることは中々珍しかった。
ユウヒは金髪が映えるキリッとした綺麗な顔を向けていた。
「そんなんじゃない。純粋にわたしなりの礼だよ」
「どうした?改まって。今生の別じゃあるまいし」
俺の顔を見つめてから、自分の顔が映るジョッキに溜まった飲み物へと視線を落とす。
ユウヒが酔っている様子はなく、何か悩み事でもあるのだろうと、察した。
「俺であれば相談に乗るぞ。男と男、俺とお前の仲だろ」
「あ、あぁ……そうだな」
同性だし、仲間だし、腹割って相談してくれても構わない。
いつでもなんでも相談に乗ってやる、どんとこい!相談!と、自信満々の顔で待っていると、ユウヒの表情が笑顔に崩れた。
「アズマの顔を見ていたら、悩みも吹っ飛んだよ」
「何だよそれ。やっぱり悩みじゃねぇかよ。あんま溜め込むなよ?体に毒だぞ。本当に俺はいつでも訊くからな」
「あぁ。頼りにしているよアズマ」
それが三週間前の会話で、俺が病を患う夜の話だった。
ちゅんちゅんと鳥が鳴いている。俺の視界にはカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
「嫌な夢だ」
そう呟いてから身体を起こす。未だに身体は銀髪美人のエウロスの身体で、数枚の座布団の上で寝かされていた。
どこだ、ここ。
八畳間の畳部屋。畳は日焼けして、罅の入った土壁に脚が取れそうなちゃぶ台が立てかけられて、カビ臭く色褪せたカーテンに建て付けが悪いのか風が吹くとガタガタと鳴る窓。
確か昨日、大家さんが借宿を用意してくれているような事をエウロスが言っていたな。
ここがその借宿か、前の借家とは大違いだな。辛うじて雨風が凌げているならそれでいいか。
そうだ。エウロス!あいつどこだ!
エウロスを探すと、この部屋の出口へ続く廊下とは反対側に襖があった。そこを開けると、押し入れとなっていて、押し入れの上の段でエウロスが気持ちよさそうに涎垂らして寝ていた。
憤死。もといキャパシティオーバーで放心状態になった俺をここまで連れてきたのだろうが、事の発端はエウロスなのに、幸せそうに惰眠を貪っている。そんな姿を見て苛立ちが募った。
大きく息を吸って。
「起きろ!この疫病神!!!」
「な!なになになに!地震!雷!!火事!?親父!?!?ったぁ!」
エウロスは飛び起きて頭を押し入れの天井にぶつけた。
「起きたか」
「起きたか…じゃないわよ!どんな起こし方よ!耳がキーンってしてるいるわよ!」
頭と耳を押さえながら文句を言われる。
「何度も起こしたが起きなかったからだ」
「だとしても、もうちょっとマシな方法があるでしょ!」
「それよりも、腹減らないか?」
「それよりもって……まぁ空いたわね。
でもこの家、食べ物なにも無いわよ。オオヤ?は借宿しか貸してくれなかったし。あんたもお金ないんでしょ?
水も外の涸れた井戸からしかないし、トイレなんて外にある掘建て小屋よ!お風呂はあるけどめちゃんこ汚れていたわ」
内見しか見ていないが、衛生的な生活に必要なものはこの家では受けられないことがわかった。でも常識のないエウロスが言っていることなので、後で自分でも確認しておかないとな。
「家の事は今はいい。そんな金や食い物に困っている人間に救済をしてくれる場所があるんだ」
「そんな都合の良い場所があるわけ?」
「付いてくればわかる。お前が飯を食わなくても生きていけるなら、付いて来なくてもいいが、俺は行くぞ」
「あ、待ちなさいよ。自分だけ狡いわよ!あたしもたらふく食べるわよ!一日三食!間食二回!あとは睡眠!これで健康体よ!」
運動もしろよ。だからこんなに余分な肉があるんだろ。
んまぁ、これからは俺がこの余分な肉を落としていくんだがな。
鍵が壊れた玄関を開けると悲鳴のような音を鳴らして扉が開いた。
びゅうおう!と、冷たい風が通り過ぎて澄んだ空気が肺いっぱいに入ってくる。
周りは木々に囲まれ、野生動物達の会話が聞こえて、少し遠くにヴェルサス歓楽街を見下ろせる。
一歩外に踏み出して理解した。ここはヴェルサスの中心地から離れた丘の上だ。
ここは元々ログハウスやらが建てられる別荘地だったが、ここの殆どの土地の権利をどこかの自然愛護団体の金持ちが買い取ってからはこうして緑が放置されてきた。
そういえば大家さん、ここに捨てられない廃屋持っていて、買い手もつかないから困っているって言っていた気がする。
中心街近くに家を持っていたのに、こんな僻地で暮らしてんだろ。
「んー。心地いい風ねー」
俺の気も知らずに後ろでエウロスは気持ちよそうに伸びをしていた。
エウロスの言っていた涸れ井戸の横に掘立て小屋のトイレがあった。確かにおんぼろ物件だな。幽霊でも出そうだ。
借りの住まいを背にして中心街へと降りて行く。
「ねぇねぇ、どこに行こうとしてるの?そろそろ教えなさいよ」
中心街に入ると、これまで静かに辺りを見ているだけであったエウロスが痺れを切らして訪ねてきた。
まぁそろそろ目的地にも着くから話してもよさそうだな。
「ギルドだ」
「ギルド?ってアズマが入っている組織だったわね。あ!分かったわ!そこで仕事を斡旋して貰うのね!」
「察しがいいな。そのギルドが、ここだ」
中心街の一等地に建てられた豪華な建物。いつ見ても人の通りも、出入りも多く、目まぐるしい場所だ。
いつもユウヒ達といるから注目の的であったが、俺単体ではそんなに注目の的ではないようだ。というか、俺はエウロスの身体だからか。
「あたしの宮殿の方が大きいわね」
当のエウロスは少し注目されているが気にしている様子はなかった。
ギルドの中に入って、受付の前まで行く。
「おはようございます!御用件を承ります!」
茶髪の受付嬢が元気よく答える。
「地下行き十四時間」
「はい!地下行きですね!ではギルドカードのご提示をお願いします」
「後ろのあいつだけでお願いします」
俺のギルドカードを提出すると、受付嬢はギルドカード読み取りの魔導具にギルドカードを入れた。
「お預かりしますね。はい。アズマ•クラタチさん。地下行きの登録完了しました。注意事項をお聞きしますか?」
「いや、いい」
「はい。では道具箱3104の鍵をお渡しいたしますね。5分後に所定の場所についておいて下さい。いない場合は規定通りにギルドは動きますので、ご了承ください」
ニコリと笑顔で受付嬢は言う。俺も愛想笑いをして受付を終える。
この受付嬢の業務的な笑顔は人間の表裏を表していて恐ろしいな。
「ほら鍵だ。これ持って、あっちの角を曲がったとこに、この鍵の番号と同じ道具箱があるから、そこから荷物を取り出して、あっちの緑の床のホールで呼ばれるまで待機してろ」
エウロスに鍵を渡して説明をする。
「あんたはどうするのよ。てか何させる気よ。地下行きとか聞こえたんですけど!」
「俺は、といかエウロスはギルドに入会していないから行けない。あと地下行きって言うのは地下で働くって意味だ。主な仕事内容は鉱脈の探鉱だな」
「は、はぁ!?あんたあたしに穴掘りさせる訳!しかも自分はしゃあしゃあと何もしないの!?騙したわね!」
「騙してはいないぞ。ちゃんと働けば業務時間内なら飯はもらえるし、風呂にだって入れる。なんなら寮があって、そこで暮らす事だってできる。中には優良な娯楽施設だってあるらしいぞ」
飯を食べられるのは20分で、料理は鉱石を掘った貢献度によってグレードが変わり、風呂は湯が張られた風呂ではなく、湯を放水されてその間に身体を綺麗にする。寮は複数人のぎっちぎちのタコ部屋で、娯楽施設は売店しかない。
それが地下行き。
「確かにいいところかもしれないわね。それでもあんたが行かないのが気に食わないわ!ギルドカードとかを作りなさいな!」
「ギルドへの入会はその日にできるし、ギルドカードもすぐ作れるが、地下行きは何か一つクエストを熟さないと出来ないんだよ」
「いやよ!嫌よ!あたしは梃子でもここを動かないわ!」
腕を組んで動かないことを意思表示するエウロス。そろそろ約束の時間の5分だな。
「そうか。じゃあ仕方ないな」
「何よ。なんでそんなに素直あばばばばばばば!」
エウロスの背後から黒い服を着た黒尽くめの男達がやってきて電流が流れる魔道具を使ってエウロスに電流を流して気絶させた。
地下行きを契約して、約束の時間までに所定の位置に現れなかった場合規約違反とみなされて、ギルドの者が強制的に連れて行く。ギルドカードを持っている限りどこまでも追ってくる怖い団体だ。
エウロスは黒尽くめの男達に連れて行かれた。
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