1-1:患いの剣闘士、追放される
「アズマ、わたしが言わんとしていることが、わかるようだな?」
本日のクエストも怪我人が出て撤退して終わった。
ギルドの酒場でいつも通りの反省会。しかし酒場は活気に溢れておらず、俺達のパーティーの反省会の行く末を息を呑んで見物していた。
「あぁ…分かるさ。何年の付き合いだと思っている」
俺達のパーティーリーダーであるユウヒは剣呑な目で俺を見ながら、リズム良く人差し指で机を鳴らす。
「今日の損害はホムホムの頭部への軽傷。理由は、分かるな?」
俺とは反対側の席に座っている頭に包帯を巻いたホムホムは、俺と目が合うと気まずそうに俯いた。
「……俺の不注意だ」
「そう。アズマが呆けてモンスターを逃したせいだ。では前日は?」
ホムホムの隣にいるリーベは椅子に松葉杖を立てかけて、頬杖をついて不満そうに俺を睨めつけていた。
「前日は、俺を庇ってリーベが脚を負傷した……」
「全治二週間のな。更に過去の失態を言った方がいいか?」
「いや……いい。全て俺の失態だ。本当に申し訳ない」
俺は大衆の面前でも構わなく、対面にいる三人に対して謝意を込めて深く頭を下げる。
「おいおい、あのアズマが頭下げてるじゃねぇか。どうなってんだ?」
「知らねぇのか?あいつ病にかかったんだよ。
んで事あるごとに仲間に怪我させて、そして今回軽症で済んだけど、一歩間違えればホムホム•ラードリンは死にかけたらしいぜ」
「へぇあの最強と謳われた剣闘士が病でねぇ。つーかどんな病だよ。
何にせよ、堕ちたもんだなぁ」
背中越しにそんなガヤの声が聞こえてきたが、ユウヒが睨みを効かせると静かになった。
「謝罪は聞き飽きた。これまで謝意は受け取ってきた。
その言葉通りに行動で示してくれるとわたしも信じていた。しかし病の内容も仲間であるわたし達に隠すのだからな。
わたし達がそんなに信用できないのなら、わたし達もアズマを信用できない。
もう、看過できないんだ。
だからアズマ、君はこのパーティーから抜けてもらう」
覚悟していた言葉をついに言われてしまった。
自分から身を引こうとも思ったが、ユウヒには恩があったので自分からは言い出せなかった。
そんな甘えた心を見透かしたのかユウヒ自身がついに告げたのだ。
「そう…だな。今まで、ありがとう。そしてすまなかった」
覚悟はしていたが、いざ言葉にされると心に刺さるものがあった。
椅子から立ち上がって再び大きく頭を下げてからパーティーメンバーに背を向ける。
後ろの野次馬達が酒場までの出口を気まずそうに譲ってくれた。
こうして俺は魔王討伐を目指す勇者のパーティーから追放された。
酒場から出た後に、まだ少し寒い夜空を見上げると冬空の星達が輝いていた。
ため息混じりに息を吐くと白い靄が視界を埋めた。
俺は剣闘士だ。
闘技場の覇者だったところをユウヒに腕を買われてパーティーメンバーとなった。
それからリーベやホムホムをパーティーに入れ、三週間前までは上手くやれていた。
そう三週間前まで。
俺は三週間前から剣闘士としての力を殆ど失った。
何がきっかけだっかは覚えている。というか、ずっと頭にこべりついて離れようとしない。
それが原因なのだが。
三週間前の夜のことだ。
その日は休日であり、ユウヒと遅くまで飲んで、泥のように眠った。
夢で女性が現れた。透き通るような銀髪が腰まで伸びて、細長いまつ毛にまん丸なライトブルーの瞳。小鼻と小口が小さい顔に収まっている。ピンクのネグリジェを着ていて、細身だが肉付きがよかった。
凄く。もの凄く。心がときめいて、夢の中なのに鼓動が早くなった。
その女性は情熱的で官能的な投げキッスを俺にした。
そこで夢は終わった。
起きてもまだ心臓の鼓動が早かった。
一目惚れって奴だろう。それで済めば可愛い奴だ。と笑えたが、その日からだった。
寝ても覚めてもその女性の事が頭から離れなくなった。飯を食っても、風呂に入っても、床についても思い出す。
そして命の危険が脅かされるクエスト中にもその女性は現れる。
俺は夢中になり、何もかもが手に付かなくなり、何も出来なくなるのだ。理性のブレーキが効かなくなってしまっていた。
「……………ぁぁ」
俺はダメになってしまった。
剣闘士として磨いてきた腕さえも鈍かし、いざというときに力が入らない。
だから失態を犯し、パーティーメンバーを傷つけて、居心地の良かったあのパーティーから追放された。
「…………ぁぁぁああ」
今だって空にはあの銀髪の女性が映っている。空の輝きと女性の魅力は同じように儚く、美しい。
星々と同じ小ささだった銀髪女性が、だんだんと俺に近づいてくる。
あぁ見れば見るほど、思い出せば思い出すほど心がきゅっと締め付けられる。
こんな切なく甘酸っぱい思いは人生で初めてだ。これがこれからも、これまでも続いて行くのだとしたら、俺は、俺は・・・。
「ぁぁぁあああああ!」
ゴン!!!!!!!
妄想だと思っていた銀髪女性は現実で、俺の額と銀髪女性の額は鈍い音を立てて直撃した。
夜空の星が目の前を回り、暗闇が俺を支配する。
誰にも言えない俺の病。
それは恋患いだ。
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