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暗殺者の結婚  作者: 萌木野めい
Ⅳ.誇りと誓い
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59.復讐の誓い

「ユタカ……!」


 サザとリヒトはユタカに駆け寄り、傍にしゃがみ込んだ。

 ユタカは、まだ息があった。


 既に死んでいるのではと思っていたサザはそれだけでも安堵したが、最悪の事態は免れたとは言え、悪魔の所業とはまさにこのことだと言うような、酷い状態だ。


 気を失って床に横向きに倒れているユタカは後ろで手を固く縛られ、背中には目を背けたくなる程に焼け焦げて爛れた火傷を負っている。焼けた鉄を繰り返し押し当てられた傷だ。

 ユタカの剣は、これに使われたのだ。どうやったらこんな酷いことを思いつくのだろう。


 口と鼻からは血が流れた跡があり、全身が冷たく濡れている。川に落とされたのだろう。リヒトが川で血の匂いを嗅ぎ取ったのはそのせいだ。


「何で、こんなことに……」


 ユタカがいくら剣が強くても、抵抗できない状態で暴行されたら普通の人と同じだ。

 ユタカは痛みに耐える為か余程強く手を握りしめていたらしく、掌に爪が食い込んだ傷から血が滲んでいた。

 どれだけの恐怖と苦痛だったのだろう。


 サザは、濡れて目元に張り付いたユタカの前髪を撫で、殴られて腫れた頬にそっと手を当てた。頬の温かさに思わず涙が溢れる。


「父さん……」


 リヒトはユタカの傍で震えながら涙をこらえている。サザがしゃがんだままリヒトを抱きしめると、リヒトはサザの肩に顔をうずめて静かに泣き出した。

 サザは自分でも鼻をすすりながら、リヒトの小さな背中をさすってやった。


 他の子供達が奥の部屋から手当ての道具を持ってきて、ユタカの濡れた身体を布で拭き、腕の縄を解いて、破れたシャツを脱がせて毛布をかけてやってくれている。


 ハルは泣いている二人に向かって、口を開いた。


「サザ……リヒト。

 本当にごめんなさい。私が子供を殺すとヴァリスに脅されて、ユタカに手紙を書いたの。

 ヴァリスはカーモスの密偵で、今までずっとユタカを暗殺しようとしていたと言っていたわ。

 ヴァリスがユタカに、子供達を殺されたくなければ剣を捨てろと言って、ユタカはそれに従ったの……

 私のせいだわ。本当にごめんなさい」


「ハル先生は、何も悪くありません。悪いのは全てヴァリスです」


 サザは涙を拭いながら言った。


(ヴァリスがユタカをこんな目に合わせたんだ)


 サザはヴァリスへの激しい怒りと悔しさで身体が震え出すのを感じた。

 ヴァリスはユタカを直接指導していたのだから、ユタカの性格もよく知っているはずだ。戦場でも人々を進んで助けていた優しいユタカなら、子供を人質に取れば絶対に従うと踏んで、こうしたのだ。


 ヴァリスは、ユタカの心の優しさにつけこんで、踏みにじったのだ。

 絶対に許さない。


(……殺す)


 サザは深呼吸をすると立ち上がり、ハルに向き直った。


「ハル先生」


「サザ……?」


「私は暗殺者なんです」


「え?」


 ハルは驚愕して声を失い、子供達も一斉に静まり返る。

 アキラの魔術の詠唱だけが静かに響いている。


 リヒトは、正体をあっさり告白してしまったサザを驚きと心配が混ざった顔で見ている。


「ばれれば真実の誓いにより死刑になりますから、一生明かさないつもりでしたが……

 私はもう、死んでもいい。

 ユタカをこんな目に合わせたヴァリスを絶対に殺します」


 ハルはサザの唐突な告白に目を見開き、しばし沈黙していたが、サザの鬼気迫る表情を見て、口を開いた。


「……サザ。あなたに死んで欲しくない」


 ハルは絞り出すように言った。


「母さん、僕も……」


 リヒトは立ち上がったサザのスカートを掴み、泣きそうな顔で見上げている。


「この状況を脱するには、私が暗殺者としての力を使ってヴァリスを倒すより他に方法がありません」


「……」


 ハルとリヒトは黙ってしまった。本当は、サザの言う通りだからだ。


「私の覚悟に免じて、どうかやらせてください。

 私はこのまま何もしないなんて絶対に出来ない……」


 サザは話しながら、頬に流れてきた涙をそのままに言った。ハルはサザの様子を真剣な表情で見つめている。


「……サザ。あなたの決意を無碍には出来ない。それにユタカはあなたの夫だもの。

 でもね、私はあなたを死なせることだって、絶対に出来ないわ。あなたの秘密は隠し通す。それだけは約束させて」


「……分かりました」


 サザはハルの強い言葉に少し俯いて、ぽつりと言った。


「あと、私の命をあなたに預けるから手伝わせて。私も、子どもたちとユタカを助けたいの。

 構わないわ。あなたが命をかけるなら」


「……ありがとうございます」


「僕も、手伝う」


「リヒトも、ありがとう……」


 その時、アキラの魔術の詠唱が急に中断した。両手を床について震え、息を切らしている。


「大丈夫!?」


 サザは慌てて駆け寄ると、疲労困憊した様子のアキラの肩を抱いて支えた。


「致命傷になりそうな内臓の怪我と背中の出血はぎりぎり治せたんですけど、全快には程遠いです。

 少し休まないと、僕にはこれ以上は無理そうです……

 領主様はしばらく目覚めないと思います」


「十分だよ。本当にありがとう」


 サザはアキラを抱きしめた。まだ見習いなのに、よく頑張ってくれた。


 子供達がアキラの元にあつまり、ふらつく身体を横たえるのを手伝った。しばらく休ませてあげないといけない。


(でも、どうしてユタカはまだ殺されていなかったんだろう)


 暗殺者を使い執拗にユタカを殺そうとしていたヴァリスは、今回はユタカを拷問にかけている。

 恐らく、ユタカはヴァリスに何かを強要され、それに激しく抵抗したのだ。それが一体何なのか、サザには見当がつかなかった。


「ハル先生。ユタカがヴァリスにこんな目に遭わされている理由に心当たりはありますか?」


「それが、分からないの。二人は外でそれを話していたのだと思うけど……」


「そうですか……」


 敵の真意が分からない状態で応戦するのは危険だが、今はこれ以上何も分からなそうだ。


「ヴァリスは、一時間くらいしたらもう一度来ると言っていたわ。あと大体、三十分くらいね」


「じゃあ、それまでに準備をして作戦を考えます。手伝ってもらえますか?」


「もちろん。何でもやるわ」


「僕も」

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