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暗殺者の結婚  作者: 萌木野めい
Ⅳ.誇りと誓い
52/80

52.ハルの伝令

 アイノを見送った後、サザはユタカと部屋に戻り、リヒトの謁見用の服を確認した。軍服をちょうど小さくした様なデザインだ。子どもの服というのは見ているだけで可愛い。


「キルカス少佐、今まで知らなかったけど、イーサにいてくれてありがたかったね」


「ああ、アイノは本当に技術のある魔術士だからな」


「あと、イーサは蛍が出るって本当?」


 サザは生まれてから一度も蛍を見たことが無かった。どんなにきれいなのか、すごく気になる。


「ああ、サザは見たことなかったか。サザがイーサに来たのは夏の終わりだったもんな。

 この時期は、イーサは日が暮れてから川に行くと蛍がたくさんいるよ。すごくきれいで、沢山の人が見に行ってる。

 明日の夜なら余裕がありそうだから、三人で一緒に見に行こうか」


「わあ……行きたい!」


 目を輝かせたサザを見て、ユタカはふっと微笑んだ。ユタカのその笑顔の中には寂しさが無いように感じ、サザは少しほっとした。

 夜出かけるのは不安はあるが、人手のある場所だし、ユタカも一緒なら問題ないだろう。


 サザはユタカに微笑み返すと、リヒトの服をクローゼットに仕舞うために立ち上がり、扉を開けた。今リヒトに渡したらきっと謁見までに皺にしてしまう。サザが持っておく方が安心だ。

 クローゼットを開けると、後ろからユタカが言った。


「クローゼットの床板の奥の方に、服が落ちてるみたいだけど」


「え? あ、ほんとだ。何だっけこれ」


 サザがしゃがんでクローゼットの奥に手を伸ばし、落ちている服を取る。


 落ちていたのは、ユタカが森で襲われた時にサザが着ていたスカートだった。

 スカートの裾を裂いて包帯がわりに使ってしまい丈が短くなったので、何とか直せないかと思ってとりあえず取っておいたのだ。

 そのままにして一年近く、すっかり忘れていた。


「森での事件の時に着てたスカートだ。

 買ってもらったばっかりで勿体なかったから裾を直そうと思って、そのまま忘れてた」


「ああ、あの時の服か。

 ……

 ……」


 サザの返事に応えたユタカの表情が、一瞬固まった。


「ユタカ? どうしたの?」


「……いや、何でもない。物持ちがいいなと思って」


 ユタカはすぐに元の表情に戻ってサザに笑いかけた。


(森での事を思い出したのかな?

 凄い怪我をしたんだから無理もないな)


「ユタカ、あの時……本当に、生きててくれて良かったよ」


 サザはクローゼットを閉めると、後ろに立っていたユタカに向き直り、ぎゅっと抱きしめた。

 胸に顔をうずめるといつものユタカの匂いがする。


 ユタカはサザの突然の行動に一瞬驚いたようだったが、背中に手を回して抱きしめ返してくれた。


「そうだな。サザのおかげだよ。

 おれ一人で何とかできればよかったんだけど」


(一人で……か)


 サザは前にハルがユタカに言って欲しいといっていた言葉を思い出した。


「前にハル先生が言っていたんだけど」


「ん?」


「ユタカは、もっと周りの人に頼ってもいいんだよ」


「……」


「人の力を借りることは、弱いということじゃなくて。

 私も、イーサのみんなも。みんな、ユタカのことが大好きだから、ユタカに傷ついて欲しくないし、力になりたいと思ってる。

 私はユタカに秘密にしていることがある。そのことは、本当にごめんなさい。

 でも私も、ユタカのことは絶対に信用しているし、何でも力になりたいと思ってるよ。

 それは、本当なの。

 信じてもらえないかもしれないけど」


 サザはユタカを抱きしめたまま、顔を上げて言った。


「……ありがとう。信じるよ」


 それを聞いたサザは嬉しくて、ユタカを抱きしめる腕にもう一度力を込めた。


「さすが、ハル先生はおれのことちゃんと見てくれてるな。

 困難なことがあったら、おれももう少し、自分以外の人に頼ってみるようにするから。

 そうしたら、サザを悲しませなくて済むかもしれないな」


「うん。ユタカも、傷つかなくて済むかも知れない」


「そうだな。

 次に何かあったら、そうしてみるよ。

 サザ……いつも、ありがとう」


 ユタカはサザを抱きしめた腕をほどき、優しい笑顔を見せた。


(この人の、笑顔が大好きだ)


 サザもユタカに、一番の笑顔で応えた。


 ―


 翌日になり、ユタカとリヒトと一緒に蛍を見る約束をしていた日となった。


 昨日の夜、ユタカは何か恐ろしい夢でも見たのか、夜中に目覚めてしまったようだった。

 かなり心配だったが、朝起きるといつも通りに職務に出かけて行った。


 リヒトも孤児院の近くでは蛍は出ないそうで見たことが無いらしく、話をするととても喜んで、昨日からずっとわくわくしていた。

 サザはリヒトの、喜びを真っ直ぐに示してくれる素直さが大好きだった。


 夕方になり、早めに仕事から戻ってきたユタカとサザが部屋で出かける準備をしていると、従者が部屋に来た。

 リヒトはまだ友達とどこかに遊びに行っている。そろそろ帰ってくるはずだ。


「領主様、ハル・フェーヴ様から伝令が来ています」


「ハル先生から?」


「珍しいね、どうしたんだろう」


 従者から手紙を受け取るとユタカが開いた。


「ハル先生が、おれに相談したいことがあるからすぐ来て欲しいって。長引きそうだから、夜は遅くなりそうだと書いてある。

 ハル先生がこんなことを言うのは初めてで心配だから、行ってきてもいいか?

 蛍を見に行く約束をしていたから、本当に悪いんだけど」


「そっか……それなら行ってあげたほうがいいね。

 リヒトはがっかりするかもしれないけど、私が何とか、言っとくよ」


「ごめんな。ものすごく楽しみにしてたから、怒るだろうな」


「はは……でも蛍はまだしばらく見られるから」


「またすぐ予定立てような。あと……」


「何?」


「サザとリヒトに相談したいことがあって。

 今日蛍を見に行った時に話そうと思ってたんだけど、また、明日夕食の時にでも話すよ。時間作ってもらってもいいか?」


「う、うん。もちろん」


(ユタカが相談……? 何だろう)


 ユタカがそんな事を言うのは初めてだ。心当たりはちっとも無いが何か重要なことなんだろうか?


 ユタカはじゃあ、と言って、すぐに上着を着て、サザの額に軽く口付けると、馬で孤児院へと出かけて行った。

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