38.ヴァリスの報告
「やあ。朝っぱらから悪いな。元気にしていたか?」
サザとユタカ、リヒトは大急ぎで服を着替え、一緒に応接室に入ると、ソファに座っていた軍服姿のヴァリスがこちらに微笑みかけながら言った。
しかし、ヴァリスは何度見ても美青年という感想しか出てこない様な端正な顔立ちだ。透けるような細さの金髪と碧眼はため息がでるような美しさを感じる。
「お待たせして、申し訳ありませんでした」
「お前……さてはまた軍服を着てなかったな?
嫌いなのは知ってるけど、あんまりやりすぎると軍の規律違反になるから気をつけろよ。
お前はまだ一応、少佐の階級が付いてるからな。ユタカ・アトレイド少佐」
ヴァリスが笑顔で言うと、ユタカが明らかにぎくりとした顔をした。
そんなユタカは珍しいのでサザは少し面白かった。ユタカが剣士学校の頃から考えれば、ヴァリスは長い付き合いだからユタカの事をよく知っているのだろう。
「……すみません」
ヴァリスの指摘にユタカは項垂れるように頭を下げた。
「いやいいよ。まあ、ここはお前の領地だしな。
サザも久しぶりだな。
そして……君がリヒトだな。始めまして。きみの父さんの仕事仲間だよ。よろしくな」
ヴァリスは微笑み、屈み込んでぽんぽんとリヒトの頭を撫でた。リヒトは少し人見知りをしたようで、はにかんで頭を下げた。
「しかし今日は、どのようなご用件ですか」
「実はね、お前を襲おうとしていた奴らの正体が分かって鎮圧できたんだ。
急いだ方が良いと思って、朝一で報告しに来たんだけど。急で悪かったね」
「ほ、本当ですか!?」
ユタカが驚いて声を上げた。
「ああ。これで普通の生活に戻れるな。
本当に……良かったよ。
お前が強いのは十分分かっているけど、何かあったらと思うとずっと心配だったから」
ヴァリスはユタカを慈しむように目を細めた。
「父さん!よかった……」
ユタカの足に抱きついたリヒトを、ユタカは優しい目をして頭をなでた。
サザも同じように抱きつきたい気持ちになったが、ヴァリスの前なのでぐっとこらえた。
サザに秘密があるのは変わらないが、これからはユタカの命の心配をせずに生きていける。それだけでも心はすごく軽くなる。
本当に良かった。
ユタカも安堵した表情でヴァリスに笑みを返した。
「おれのために長いこと尽力していただいて、本当にありがとうございます。
大佐のおかげです。それで、相手は誰だったんでしょうか」
「カーモスの暗殺者組織だな。
カーモスの王の仇を取る目的と、イスパハルの戦力低下を狙ってお前を殺そうとしていたらしい。組織はイスパハル側から兵を出して、既に壊滅させたよ」
「そうだったんですか……」
(暗殺者組織……?)
サザは自分が所属していた暗殺者組織以外はよく知らないが、こんなにユタカを執拗に襲えるほどの力のある組織がまだカーモスに残っていたとは。
「強いと色んな奴に恨まれて大変だな。
国王にはすでに報告しているから、イーサに警備で派遣されていた国軍の兵士は近い内に撤退させる予定になってるよ。
人手が減ってしまって悪いけど、よろしくな」
「いえ……おれが襲われる心配が無いなら、近衛兵だけで十分です。
ご配慮ありがとうございます」
「しかし、本当に良かったな。
取り急ぎ、おれからは報告だけだ。お前も忙しいだろうから早々に帰るよ。またな」
三人でヴァリスを城の前まで見送ると、ヴァリスは大きく手を振って微笑み、馬を走らせてトイヴォへと帰っていった。
ヴァリスが見えなくなったのを見計らって、サザはユタカに思い切り抱きついた。
「サザ!?」
ユタカは驚いて声をあげたが、サザは嬉しくて思わず涙が出てしまい、気にせずにユタカの胸に顔をうずめた。
「サザ。今まで迷惑かけてごめんな。
怖い思いさせたのに、おれとずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
「いいの、ユタカが無事でいてくれたらそれで」
「とりあえず、城に戻ろうか。リヒトはそろそろ学校に行く時間だな。
あと……ここだと近衛兵がみんな見ていて、ちょっと恥ずかしいから」
ユタカは少し困ったように笑いながら、抱きつくサザの頭を撫でながら言った。
「うん、ごめん」
サザも笑ってユタカから身体を離すと、三人はリヒトを真ん中にして手を繋ぎ、城に戻った。
サザはユタカが安心して生活できることが何よりも嬉しくて、飛び上がるような気持ちだった。