43.勘の正体
「本当の父さんと、母さんに絶対に誰にも言うなって、言われてたんだ。悪いことに使われるから。
ぼくの家族はみんな、同じことができた。みんな死んじゃったけど」
本当の家族のことを思い出したらしくリヒトの表情が陰ったので、サザは思わずリヒトの頭を撫でた。
「ぼくは、純血のエルフの最後の生き残りなんだ。
魔術の素養無しに、魔術が使える。
呪文の詠唱もいらないし、痕跡も残らない。ぼくの髪と目の色はそのせい」
「……まさか」
リヒトの美しい銀の髪と目は確かにそれを想起させるものがあるが、エルフなんて完全に伝説上の存在だ。
生き残りがいるなんて話は聞いたことがない。
「お伽話じゃないの……? エルフって」
元々、魔術を使うのに必要な「素養」を持つ人間が現れたのは、太古の昔に人間とエルフが混血したからだという言い伝えはある。
魔術自体をこの世に生み出したエルフの力を無理矢理人間が取り込んだので、不具合として「素養」や「痕跡」、呪文の詠唱が発生したと言われているが、それはあくまで伝説であって、エルフなんて現代にはいないし、そんなことが本当だったと信じている人はいないだろう。
「本当だよ。僕がそうだから」
リヒトがサザの答えに、少し怒った顔をしたのでサザは慌てて謝った。
「ごめん。リヒトの言ったことはもちろん信じるよ。
でもこれは確かに、誰かに知れたら大変なことになるね……」
素養がある人間だけが使えるはずの魔術が、それ以外の人間でも使えるとなると、魔術士の管理ができなくなる。
それは、国王が敷いた法律、「平和的目的以外での魔術の使用禁止」が実現不可能になることを意味する。
リヒトは確実に、国から危険視される。
そして、ユタカはサザと同じく、国王に真実の誓いを立てている。既に秘密があるサザは、リヒトの秘密が増えたところであまり変わらないが、ユタカは違うだろう。
ユタカは立場上、いくら息子でも、リヒトの力を知れば絶対に国王に報告する義務がある。
この秘密がばれれば、リヒトもまた、サザのようにここにはいられなくなるのだ。
「ぼくは人間としては素養がないことになってるから、魔術の勉強はしてない。
だから使えるのは、本当の父さんと母さんから習った、簡単な魔術だけだよ。
エルフにだけ伝わる生活のための魔術で、五感の能力をものすごく強く出来るんだ。
母さんのナイフのことが分かったのは、刃の鉄と持ち手の革の匂いがしたから。クローゼットの中の鍵がついた引き出しの奥から匂いがする。匂いの強さから考えて、ナイフは一本じゃない」
「え……?!」
サザはあわてて部屋の匂いを嗅いでみたが、もちろん何も分からない。
散々使っていても、ナイフから匂いがするなんて今まで思いもしなかった。
「普通の人には分からないはずだよ。あと例えば……」
リヒトは少し首を傾げ、目を細めた。
「父さんの声が聞こえる。
父さんはまだ、剣を教えてるみたいだ。
刃のかち合うリズムと強さが戦場で会った時の父さんの感じじゃないから、剣を合わせてるのは多分、近衛兵の人同士だ。それに父さんが声をかけてる。
ただ闇雲に当てに行くんじゃなくて、もっと相手の弱点をちゃんと探して考えろって言ってる」
今、部屋は窓を締め切っているので外の音はほとんど聞こえない。
それに、ここに来たばかりのリヒトが、こんなに具体的なユタカの言葉を捏造できるとも思えない。
「す、すごい……!」
こんなことが痕跡を残さずに出来るなんて知れたら、リヒトは確実に利用される。使い用によれば戦争の勝敗すら反転させられるかもしれない。大変な力だ。
「僕、ハル先生から父さんと母さんの息子にならないかって言われた時。
すごく、すごく、うれしくて。どうしてもそうなりたかった。
だから、絶対に隠そうと思ったんだ」
リヒトは俯いて、膝に置いた手を見つめながら、震える声で言った。
リヒトの言葉の素直さには、ユタカを思い起こさせるものがあった。
「リヒト」
サザはリヒトと膝が付く位置に座り直すと、肩を抱きしめた。
「大切なことを教えてくれてありがとう。
これからもずっと、家族でいようね」
「うん。絶対だよ」
リヒトはサザの胸に顔を埋めて抱きついた。サザはその小さな背中をそっと撫でてやった。