40.木登り
ハルとサザが話していると、ユタカが子供達と一緒に戻ってきた。笑っているが若干息を切らしている。
「こら、あなたたち。ユタカはおもちゃじゃないのよ。少し休ませてあげなさい」
子供達が「ちぇー」と言いながら、また散り散りに遊びへ戻って行った。
「先生、ありがとうございます……
ずっと駆け回ってたのでさすがに少し疲れました……」
「ふふ。ユタカは本当に人気者ね。
そういえば、今日は何か用事があったのかしら?」
「そうでした……!
おれたちは孤児院から、養子を取りたいと思っているんです。それでハル先生に相談したくて」
「まあ……そうだったのね。嬉しいわ。
ここでの暮らしも悪くはないように精一杯やってるけど、やっぱり子供は家庭的な愛情の元で育ってくれるのが一番いいから。
赤ちゃんでなくてもいいのかしら?」
「ええ。おれたちと合いそうな子なら」
「それなら、私はリヒトがいいと思うわ」
「ああ……リヒトが来てくれるなら、おれはすごく嬉しいです」
ユタカは嬉しそうに微笑んで言った。ユタカは既にその子をよく知っている様子だ。どうしてだろう。
「リヒトは、どの子ですか?」
ハルが窓の外の木を指差す。
「あの、木に登ってる男の子ね。いま十才よ。またあんなに高くまで登って……
あの年であれだけ登れたら大したものよ」
窓から木を見上げると、かなり高さがある枝の上にまたがり、足をぶらぶらさせている子がいる。小柄だが、利発そうな男の子だ。
ふんわりとした銀色の髪と目が太陽の光にきらきらときらめいて見える。あんな色の目と髪を見たのは初めてだ。
「すごく綺麗な目と髪の色ですね。まるでお伽話のエルフみたい」
「珍しいわよね……
リヒトは元々、ユタカが戦場で助けてここに連れてきてくれたのよ」
「そうなんですか?」
「ああ。戦闘になったカーモス集落に人身売買組織があって、その一番奥に捕まえられてたんだ。
美しい銀の瞳と髪だから、きっと高値の売り物として大事にとってあったんだろうな……」
「かわいそうに……」
こういう時最も被害に遭うのはいつも、子供達だ。
「だから、あの子は特にユタカを慕ってるわ。
ユタカとも、カーモスからイスパハルに戻ってくるまでの隊列の中でずっと一緒に過ごしていたから、すごく仲がいいわね。
ここにいる子の中でもずば抜けてやんちゃで、信じられないような悪戯をしてびっくりすることがあるけど……
下に小さな兄弟がいたらしくて、正義感があって小さい子の面倒をよく見る子よ。ユタカに似ているところがある。それに……」
「それに?」
「あの子は、ちょっと周りが驚くくらい、勘がものすごくいいの」
「勘、ですか?」
「少しでも怪我した子や、天気の変化や来客なんかも誰より早く気がつくわ。
前、誰も見ていないところで小さい子が川に落ちて溺れかけたことがあったんだけど、リヒトが気がついてくれたお陰で何とか助けられたこともあったわね。
そういう、生まれ持った感覚が鋭い子なのね。
ユタカ。あなたは領主として、いろんな人の声や領地の些細な変化をきちんと感じて聞く必要があるでしょう。
リヒトの勘みたいなものも、もしかしたらそういうことに役に立つような気がするのよ」
「なるほど……」
「それにしても、不思議な力ですね」
サザは、その勘によって自分の正体がばれてしまわないかと少し不安になったが、相手は子供だ。
それに、いくら勘が冴えていてもサザがそれらしい行動をしなければ問題ないはずだ。
「サザは、リヒトと少し話をしてはどうかしら」
「ええ。ぜひしてみたいです。ちょっと外に出てきますね」
「いってらっしゃい」
サザは椅子を立つと、リヒトと話すために建物の外に出た。
―
リヒトはまだ、一人で木の上で足をぶらぶらさせている。
サザはリヒトが登っている木の根本から、上を見上げた。木は太くて丈夫そうなので、リヒトがいるあたりまでならサザも一緒に登っても枝は折れなそうだ。
(木に登るのなんて久しぶりだ……勘が鈍ってないといいけど)
サザは見上げながら木の周りをぐるりと回って、どの枝を掴むかの当たりをつけた。
(枝が多いから、まあ何とかなるな)
サザは暗殺の仕事でやっていたように勢いをつけてから飛び上がり、張り出た枝に手をかけた。そのままうまく体重を移動しながら、連続して枝を掴んで駆け上るようにして木を上まで登りきると、リヒトの隣の枝に跨って座った。
「こんにちは。木登りが上手なのね」
サザが微笑んで話しかけたが、リヒトは驚いて目を丸くしている。
(ん……?)
ふと、下を見ると、他の子供達とその相手をしている若者も驚いた様子で皆こちらを見ている。
ハルとユタカも建物の中からサザを見てきょとんとしている。
(あれ? 私、何かおかしなことしたかな?
木に登っただけだと思うけど)
サザが不安になったところで、リヒトが目を丸くしたまま口を開いた。
「大人の女の人なのに、何でそんなに上手に木に登れるの?」
(あ……そこか……)
サザは分かっていなかった。
確かに、普通の大人は暗殺なんてしないから、そうそう木には登らない。女なら尚更だ。
(私は木登りが上手過ぎたのか。やってしまった……)
ユタカとハルに不審がられただろうか。しかし、やってしまったものはもう仕方ない。何とかして誤魔化そう。
「えーと……小さい時に沢山登ったから、かな…!」
サザは頭をかきながら、苦笑いをして答えた。
「かっこいい!」
「えっ……」
「大人なのにすごいよ!
それに、僕はそんなに早く登れないもん! どうやったか教えて」
リヒトが興奮した様子で目を輝かせてサザに言った。
「う、うん。もちろんいいよ。じゃあ一回降りようか」
サザはリヒトと木から降りると、リヒトに手本を示しながら、手の掛け方や体重の移動の仕方を教えてやった。
さすがにハルがやんちゃと言うだけあってリヒトはとても飲み込みが早く、何回か教えるとすぐにサザと同じくらいの早さで木に登れるようになってしまった。
他の子達にもせがまれたので同じように教えてやったが、やはりリヒトが一番上手い。
サザが「リヒトは筋が良い」と褒めると、リヒトはとても喜んでサザに抱きついてきた。
その様子を見て、サザはリヒトが自分の子になった未来が、少しだけ想像できた気がした。
(この子と一緒にいられたら、楽しそうだな……)




