4.ある提案
サザの仕事は見つからないまま、遂にサーリが店を畳む前日の夜になった。
サザ達は酒場の店じまいを終え、住居にしている店の二階で交代で桶に湯を張って風呂に入っていた。最後に風呂から上がって寝室へ戻ってきたサザを、カズラとアンゼリカが神妙な顔つきでベッドに座って待っていた。サザが落ち込んでいるのを察しているのだろう。
サザは二人の目線を受け止める気力もなく、同じようにベッドに座った。
「私、これからどうしよう……」
ベッドに座って大きくうなだれるサザを見て、カズラとアンゼリカは罰が悪そうに顔を見合わせる。アンゼリカが慌てたように口を開いた。
「サザは、ナイフめちゃくちゃ正確に投げられるじゃない! ナイフ投げの曲芸なんかはどう!?」
「駄目だよ。私、無意識にお客さんの急所を正確に狙ってナイフを投げちゃうかも……それに、こんなくせっ毛で胸のないそばかすのチビがナイフ投げたって誰も見に来ないよ」
「じゃあ、サーリさんみたいに調理師ならどうだ? ナイフを活かせるだろ」
「それも無理。私ができるのは皮むきと材料を切るところまで。
私は二人と違って生まれたときから組織にいたんだもん。私が料理焦がす率120%なの、知ってるでしょ?
私は二人と違って、暗殺以外で人より上手く出来ることなんて、何も無いんだよ」
サザは自分で口にした台詞を自分で聞いて余計に惨めになった。でも、それが現実だ。
サザは、ナイフの暗殺でなら国一番を張れるくらいの自信がある。でも、暗殺は二度とやらないと誓ったし、何より、この国でいくら暗殺の腕前があっても何の意味も無いのだ。
(私って、今じゃ何の役にも立たない奴なのか)
サザはぼすんとベッドに倒れ込んで顔を枕に埋めた。思い切り泣いてしまいたい気持ちだ。
「……あのさ、サザ。一つ、話があるんだけど」
少し間をおいて、アンゼリカがサザに声をかけた。
「え! 仕事の話!?」
ぱっと枕から顔をあげたサザに、カズラが続ける。
「仕事とはちょっと違うんだけどな。イーサの領主、ユタカ・アトレイドを知っているか?」
「え? うん。もちろん知ってるよ。
イスパハルの四つの領地のうちの一つの領主だよね。戦争が終わってから新しく領主になったっていう。最近店でもよく名前を聞くよ」
ユタカ・アトレイドといえば、戦争でカーモスの国王の首を取ったとしてイスパハルで英雄扱いされている、若い剣士の男だ。それまで無名だったが、先の戦争で国王の文字通りの活躍ぶりが認められて領地を与えられ、大出世をした人物だ。
それだけならまだしも、特に人々の関心が集まっている理由は、彼が孤児院育ちの平民というところらしい。名家出身の他の領主たちの中で、剣の腕一つでのし上がったユタカは民衆のスターのように受け止められているようだ。
領主は王族と同じように二十五までに結婚する決まりがあるため、既に二十四の誕生日を迎えているユタカには年頃の高貴な娘がこぞって結婚の申し込みをしているらしい。
しかし、ユタカのお眼鏡に叶う娘が現れず、大変な人数を断り続けているという。一体どれだけ理想が高いんだ、というのが皆の話題である。
「そこでなんだが。これを見てくれるか?」
「サザ、開けてくれる?」
「何? これ」
カズラが座っていたベッドのサイドテーブルの引き出しから、封筒を取り出してサザに渡した。ほんのり金色に光る魔術紙でできた封筒にはきちんと赤色の封蝋が押してある。公文書のようだ。
封蝋の印は、すずらんの花。確か、イーサの領地印だ。
サザは訝しみつつ封を開けると、中に入った紙を広げて読んだ。
「えーと、『私、イーサ領主、ユタカ・アトレイドは求婚状を受け、サザ・アールトを妻として迎えます。よって、日時は……』って……
ちょっと待って、これどういうこと?」
サザは一気に顔の血の気が引くのを自覚しつつ、二人に尋ねた。




