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暗殺者の結婚  作者: 萌木野めい
Ⅲ.家族と愛情
37/80

37.世継ぎ

 朝、目を覚ますと、自分の顔のすぐ目の前にユタカの顔があったのでサザは驚いた。

 ユタカの寝息が頬にかかっている。


(んっ……!?)


 お互いに裸のまま、ユタカは身体を横向きにしてサザを抱きしめたまま眠っていた。枕を抱きしめて寝ている人みたいだ。サザは思わぬ状況につい赤面してしまった。

 ユタカに抱かれている時はそんなに恥ずかしくなかったのに今恥ずかしくなるのは、一体何故なんだろう。部屋が明るいからだろうか。


 サザが腕の中で身体をもぞもぞと動かしたので、ユタカも目を覚ました。


「……おはよう」


「おはようございます」


「身体、辛くないか? おれ、あんまり慣れてないからさ」


「いえ、大丈夫です」


 慣れているというのがどういう状態なのか全く見当がつかないサザは、恥ずかしさを堪えながら伏せ目で応えた。

サザは昨夜のできごとを思い出す。

 確かに全く苦痛でなかったかといえばそうではないが、可能な限りの優しさを持ってサザの身体に触れるユタカの指先や、時折見せる安らいだ表情の色っぽさが目に浮かんでくる。

 自分の顔がどんどん赤くなっていくのが鏡を見なくても自覚できた。とりあえず早く服を着た方が良さそうだ。


「あの」


「ん……?」


「腕を離してもらえませんか? 服を着たいので」


「駄目」


「えっ」


 ユタカはサザを腕に力を込めて思い切り抱きしめてから、サザの唇を自分の唇で塞いだ。


(わあああ!!)


「いいよ」


 耳まで赤くなっているサザにユタカは屈託の無い笑顔を見せ、腕を解いた。


「あ、ありがとうございます」


 サザは火照った頬を両手で押さえながらいそいそとベッドから起き出し、クローゼットから服を出して着た。

 自分の身体からほんの少しユタカの匂いがするのが恥ずかしいような安心するような、不思議な気持ちだ。


 しかしユタカは大きく伸びをしたものの起き出すことは無くそのままベッドに横になっている。

 いつもならとっくに起きている時間のはずだが、大丈夫なのだろうか。


「あの、そろそろ職務に就かれる時間では」


「それなら大丈夫。

 最近ずっと働き詰めで流石に疲れたからさ。

 先週、今日に無理やり休みを捩じ込んでおいたんだ。起きるまで忘れてたんだけどな」


「そうでしたか。お疲れ様です」


「サザは今日予定ある?

 無かったら一緒に行きたいところがあるんだけど」


「いえ。特にありませんので、お供します」


 そこで、ドアをノックする音がした。

 サザが扉を開けると、ローラが朝食を載せたワゴンを部屋まで持ってきてくれていた。


「お部屋でお召し上がり下さいね」


「あっ、ありがとう……」


(ローラは、察したのかな? だとしたら恥ずかしすぎて死ぬんだけど……)


 サザはこれ以上に無いくらい赤面したが、ローラはいつもと変わらない笑顔だ。


 ―


 二人は服を着たものの、せっかくの休日の気怠い雰囲気をもう少し味わいたい気持ちになった。

 ベッドの上にパンとお茶の乗ったトレイを置いて、半分寝転がったようなだらしない体勢のまま一緒に朝食を食べた。

 まるで子どもになったみたいでサザは何だか楽しかった。


「サザ、あのさ」


「はい。何でしょう」


「子供のことなんだけど」


 サザは思わず、口をつけたティーカップのお茶を盛大に吹いた。


「けほ、す、すいません」


「はは……大丈夫か?」


 ユタカが笑いながらワゴンにあったナプキンを手にとって、ベッドの上に溢れたお茶を拭いてくれた。


「ごめん。そういうことじゃなくてさ」 


「そういうことじゃないんですか?」


「……そういうことだけど」


 ユタカは目を細めて、照れた顔で指で頬をかきながら言った。


「いや、おれさ。

 孤児院から養子を取りたいと思ってて」


「ああ、そういうことですか……」


 孤児院の出のユタカらしい。

 戦争が終わってまもないこの国には、孤児が沢山いる。国王は孤児院にかなりの国費を当てていると聞く。


「おれの次の領主には領主に適した人材がつけばいいと思っているから、必ずしも自分の子供でなくてもいいんだ。

 おれも孤児院にいたし、子供は血の繋がりはあってもなくてもどっちでもいい。

 それに、おれが養子を取れば、同じようにしてくれる人達もきっと増えるだろうし。

 でも、これはおれ一人で決められることではないからさ。サザが子供が産みたかったらそれでもいいんだ」


「そうなんですね……」


 それを聞いてサザは改めて、ユタカに感心した。

 血の繋がりのある世継ぎを絶対とする家が多い中で、こういう考え方の男は世間ではかなり珍しいはずだ。

 サザは元々、結婚する気が皆無だったので、子供を産む気も全く無かった。

 ただ、イーサの世継ぎのために出産が必要だとは思っていたがその必要がないのであれば、ユタカと同じく孤児のサザは、養子を取ることには賛成だった。


「私も結婚するまで仕事一本でやってきたのもあって。子供を産むことはあまり興味がなくて。

 私も孤児ですし、領主様がそういうご意向であれば同意します」


「そうか……ありがとう。

 それで、今日なんだけど。おれが出た孤児院がイーサの外れにあるから、一緒に行かないか?

 おれの育ての親のハル先生にもサザを会わせたいし」


「ええ、ぜひ」


(領主様が育った場所、どんな所なんだろう。楽しみだな)

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