28.国王の呼び出し
(リエリは私のことを信用してくれた。
そういう人がいてくれるだけでこんなに心が軽くなるんだ……)
嬉しかったリエリの言葉を反芻しながらベッドに寝転んでいると、急にユタカが部屋に帰ってきた。
後ろにユタカと同じ軍服の男がいたので、サザはあわててベッドから飛び起きた。
「ぼんやりしていて。大変失礼しました」
「サザ。紹介するよ。
ヴァリス・ルーベル大佐だ。イスパハルの国軍の最高責任者だ。
剣術学校に入った時から目をかけてすごく面倒みてもらったんだ。今回の件も主導的に大佐に調べてもらえることになった」
紹介されたヴァリスはユタカより五才程年上だろうか。ユタカを指導したというのだから、この人も相当剣が強いのだろう。
ユタカと同じくらいの長身に短く切り揃えた明るい金髪と瑠璃色の瞳。彫りが深く端正な顔立ちの美青年だ。女性達が放っておかないだろう。
「君がサザだね。今日は本当に大変な目に遭ったな。無事で良かったよ。
ユタカは俺にとって弟みたいなものだから、酷く心配なんだ。今回の件は国王からも命を受けているし、ちゃんと調べるから安心してくれ」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
ヴァリスが差し出した手を握手しながらサザはぺこりと頭を下げた。
(こんな人が調べに回ってくれるなら、心強いな)
正直、サザだけでユタカを守るというのは些か心許ない。国王とヴァリスが国を挙げて守ってくれるならきっと手がかりも見つかるだろう。
これ以上サザの出る幕はないかもしれないが、その方がサザの秘密がばれる危険も減る。
「じゃあ、俺は失礼するよ。夜分に失礼したね。こんなことがあったけど明日は謁見だろ。今日は早く休めよ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
ヴァリスはじゃあ、と言って笑みを見せると去っていった。
ヴァリスを見送ってドアを閉めると、ユタカは軍服の上着を脱いで椅子の背にかけると、ため息をつきながら座った。サザも近くにあった椅子に座って、改めてユタカの顔を見た。
目の下にくまがある。だいぶ疲れていそうだ。ずっと調査の指揮を取っていたのだろうから無理もない。
「何か進展はありましたか?」
「いや。実行犯の男もすぐに追いかけたが結局見つからなかった。
手がかりは何も無いままなんだ。でもルーベル大佐が調査に入ってくれれば、何か分かるとは思うんだけど」
「そうですか……早く安心できるといいですね」
「けど本当に、サザが無事だったのが不幸中の幸いだ。守ると約束したそばからこんなに目に遭わせるなんて」
ユタカは口惜しそうに唇を噛んだのでサザは慌てて答えた。
「いえ……護衛のリエリがちゃんと守ってくれましたし。
それに近衛兵を十分に付けて下さっていました。これだけやって頂いたのにこんなことになるとは、誰も予測できません」
あの場でこの襲撃がかわせたのは、サザだけだった。この人は十分にサザを守ろうとしてくれている。何も悪くない。
「本当に、リエリには頭が上がらないな……あの後リエリとは何か話したか?」
「さっき私を心配して話をしにきてくれました。領主様が戻られる少し前に帰られましたが」
「おれもリエリとは話してさ。
ぜひ、階級を昇進させてイスパハルの国軍に推薦させてくれないかと打診したんだけど、頑なに拒まれたんだ。
下世話だけど、近衛兵と国軍の剣士だと給与もだいぶ違うし悪い話ではないと思うんだ。そのことは何か言ってたか?」
「いえ……何も」
リエリはサザの嘘のせいで急に昇進話を持ちかけられ、相当戸惑っただろう。とても申し訳なかった。
「今後もしリエリが何か言っていたら教えてくれるか?何か気にしてることがあるのかなと思ったから。
気が変わったと言うなら、その時また推薦するよ」
「ええ、分かりました」
(まずいな……領主様に少し不審がられてる)
近衛兵なら誰もが目標としているはずのイスパハルの国軍への推薦を断るのはかなり不自然だ。おまけに昇進まであるのに。
しかし、これを律儀なリエリに受けさせるのは酷だろう。このままなるべく触れないようにするしかない。
すると突然、ドアをノックする音がした。
「ユタカ・アトレイド様」
「はい」
ユタカがドアを開けると、身なりの整った年配の男の従者が一人立っていた。
「王付きの従者のハンスと申します。国王陛下がお呼びです」
「陛下が……?」
ユタカは怪訝な表情を見せた。無理もない。時間はもう真夜中近いのだ。国王とはいえ部下を呼びつけるにはいくら何でも遅すぎる。
それにユタカと国王は明日謁見するのだ。何故その時では駄目なんだろう。
だが、国王直々の申し出では、もう遅いから明日にして下さいとはとても言えないだろう。
「こんな時間に何の御用でしょう?
職権乱用では……領主様はすごく疲れていらっしゃるのに」
サザが怒った顔をするとユタカは眉を下げてえくぼを見せた。
「まあ、明日の下話だろうからそんなに時間はかからないと思う。サザは先に寝てて」
ユタカはそう言うと、脱いだ軍服の上着をもう一度着て部屋を出て行った。
(かわいそうに……早く終わるといいけど)
サザはドレスを脱いで部屋のクローゼットにかけると、用意してあった寝巻きに着替えてベッドに入った。
豪奢な天蓋を見上げ、遠く聞こえるトイヴォの町ののざわめきに耳を澄ませる。サーリの酒場の二階に住んでいた時は、こんな喧騒が毎日聞こえていたはずだ。その時は気にも止めなかったが、今は何だか愛しくさえ感じる。
サザはユタカが帰ってこないかとベッドの中でしばらく待っていたが、気がつくとそのまま眠ってしまった。




