25.攻撃魔術の平和的利用
イーサからトイヴォへ通じる門をくぐると、イスパハル城までは太い参道がまっすぐに繋がっている。立派な商店が立ち並ぶ広い沿道はユタカとサザ達を一目見ようと集まってきた人でごった返している。
たくさんの人たちが、ユタカが通り過ぎる前で跪いている。
跪きつつも手を振ったり声をかけたりする人も多いので堅苦しい感じではないとはいえ、跪かれる側としてはかなりの圧を感じるのでユタカが嫌がるのも分かる気がする。
謁見は真実の誓いを交わすことも目的だが、結婚の報告も兼ねているので町はお祝いムードだ。
魔術で花火のような色とりどりの光の飾りが打ち上げられて、きらきらとした光の粉が紙吹雪のように舞っている。
光の魔術の応用だろう。これがいわゆる、攻撃魔術の平和的利用だ。すごくきれいだ。
町の人々の様子を馬車の窓から見ると、ユタカ以上にサザの姿も見たがっているようで跪きつつもサザの乗る馬車を覗き込もうとする人も多かった。
(私なんか見てもしょうがないのに)
サザはそんな人々をがっかりさせそうなので、馬車の窓のカーテンを閉めてしまった。
あれだけ高貴な娘たちからの求婚が集まっていると話題になっていたユタカのところに嫁に来たのがこんなちんちくりんだったら、皆がっかりするに違いない。サザは悲しく後ろめたい気持ちになってため息をついた。
リエリはそれに気がついたのか、サザの顔を見て言った。
「サザ様、僭越ですが……
どうぞ自信をお持ちになってください」
「え……」
「サザ様は森で、少佐の命を助けられたではありませんか。貴族の娘にはそんなこと、とても出来ません。
それに少佐をお守りするのは、本当なら私たち近衛兵の仕事なのに、何もできませんでした。
良い噂は早く伝わりますから、きっとサザ様のお話はもうトイヴォまで届いていることでしょう。皆、サザ様にとても感謝して、敬意を持っていますよ」
「そうかな……」
ユタカの怪我が自分のせいだというのは変えようが無かったが、自信がないサザにリエリの言葉はとても嬉しかった。
「サザ様は堂々とされていていいのです。皆、そう思っています」
リエリの言葉に少し心が明るくなったサザはもう一度カーテンを開けてみた。
沿道の人たちがこちらに手を振ってくれている。
少し微笑んで小さく手を振り返すと、喜んでさらに大きく手を振ってくれた。
少しすると、馬車が止まった。
城の門の前まで来たようだが、止まったまま、中に入らないようだ。
「あれ、どうしたのかな?」
「王宮の警備上、アトレイド少佐が本人だと証明するための手続きがあるんです。
この状況で偽物だと疑う人はいないと思いますが、念のためですね。
少佐がサインを書いて、魔術で本物かどうか判定するそうですよ。
先に少佐だけが城の中に入られてるので戻ってくるまでしばらくここで止まったまま待つと思います」
「へえ……」
元々サザはトイヴォに住んでいたのだから、この参道の辺りにも来たことがある。しかし、こうやって参道側から馬車で景色を見ると全く違う場所のようだ。
改めて自分が今までと全く違う立場にいることを感じさせられた。
サザは周りの様子をよく見ようと、窓に顔を近づけてみた。
沿道の人々からふと上を見上げると、建物の屋根の上に一人、人影があるのに気がついた。
(何であんなところに人がいるんだろ?
魔術の花火の係の人かな……)
男は煙突のついた高めの建物の煙突に捕まって立ち、こちらを見下ろしている。
ローブのフードで頭を覆っているし、逆光になっていて顔はよく見えない。
手と顎の動く感じから、魔術の詠唱をしているようだ。男の手の中に小さな光が生まれる。
(やっぱり、花火の人か)
しかし、そのまま見ていると、光の球がどんどん大きくなっている。
拳程度からスイカぐらいになり、
ついに両手で抱えられない位の大きさになった。
あの大きさは花火ではない。
攻撃魔術だ。男は何かを攻撃しようとしている。
しかし、こんな王宮に近い場所で魔術を使ったら痕跡を感知した検査官がすぐに来るのは分かりきっているはずだ。
やっぱり何かの勘違いかと思い、サザは目をまた沿道の人達に戻した。
(いや、待てよ……)
平和的利用の魔術がこの周囲でたくさん使用されている。
今この瞬間なら、他の魔術の痕跡に紛れてしまい、攻撃しようとしている魔術士の正確な位置が分からないはずだ。
今なら、絶対不可能なはずの魔術での暗殺が、実行出来てしまう。
(でも、狙いは何だろう)
ユタカを狙うなら分かるが、ここにははいない。いるのはサザとリエリだ。
(一体、何を攻撃しようとしてるんだ……?)
サザはもう一度考えを巡らせ、ぞっとした答えを思いついた。
暗殺者はリエリをユタカと間違えているのだ。
リエリは背が高く、ユタカと似た短くて暗い色の髪だ。その上、ユタカと同じイスパハルの軍服を着て、さっきまでユタカがいた席に座っている。
あの位置からでは、小さな馬車の窓越しでは馬車に乗っている人の服と背格好は何となくしか分からない筈だ。
ユタカが馬に乗っていたのはイスパハルに入ってから城の前までのほんの短い間だから、それ以前からサザ達をつけていて、先に街に入り、位置定めをしていたなら、ユタカがリエリと交代したのを見ていなかった可能性がある。
男が魔術の詠唱を終えた。
大きな火の玉が男の両手の上から、離れた。
(来る……!)




