24.女性剣士
「そろそろトイヴォとイーサの境界が見えてきたな。おれは馬に乗るよ」
「はっ……! すみません!」
最初は不安がっていたのに、長いこと馬車に揺られているうちに、すっかり居眠りをしていた。
「近衛兵と交代するよ」
よだれを気にしているサザをユタカは眉を寄せて笑いながらぽんと頭を撫でて、馬車を降りた。
程なくしてユタカの代わりの近衛兵が馬車のドアを開け、サザに礼儀正しくお辞儀をした。
「領主様に代わり、護衛にあたらせていただきます。近衛兵のリエリ・キャラハンと申します」
「あ、ありがとうございます」
(私は今まで護衛されてたのか……
それにしても、女性の近衛兵だ。珍しいな)
ユタカは恐らくサザのことを気遣って女性にしてくれたのだろう。
サザと同じ位の歳だろうか。耳の上で短く切り揃えた真っ直ぐな暗い茶色の髪に、意志の強そうな藍色の瞳が印象的だ。
リエリはものすごく正しい姿勢で、それまでユタカがいた席に座った。いつでも剣を抜けるように握りに手をかけている。
さすがにユタカほどではないが女性にしてはかなり背が高く、その凛とした佇まいが美しかった。
(領主様が任せたんだからきっと腕も立つんだろうな)
「あの、リエリ」
「何でしょうか」
「少し、話してもいいですか?」
「わ、私とですか?」
リエリは驚いた顔をしてこちらを見た。
「ええ、女性の剣士の方は少ないから、話を聞いてみたくて」
「左様ですか……恐縮です。
戦争後に再編されたイーサの近衛兵に派遣されました。
優れた剣の腕をお持ちの領主様、アトレイド少佐の元で働けることになり、大変光栄です。どうぞ宜しくお願いいたします」
(アトレイド少佐って、領主様のことか。何だか違う人みたいだ)
「こちらこそどうぞ宜しくお願いします。
領主様って近衛兵の人達にもすごく慕われてるみたいだけど、やっぱりすごいのかな?」
「ええ!! それはもう!」
リエリがサザの言葉を食い気味でこちらに乗り出して言った。サザはその勢いに押され、若干たじろいだ。
「もちろん、剣の腕も素晴らしい方ですが。
近衛兵の人選までされている領主の方は他におりません」
「人選?」
「各領地の近衛兵は剣術学校の卒業者の中から、国で選ばれて派遣されるので、領主様が人選する必要は無いのです。
しかしアトレイド少佐はご自身が剣士であられることもあり、イーサに派遣予定の剣士は近衛兵になる試験をご自身で見られて人選されています。
ちなみにメイドや厩舎係なども最終的な人選をしているのは少佐ですね」
「へえ……」
近衛兵は人数が多いからその人選まで自らがやろうとすればとんでもない手間が発生するはずだが、これまでの話を思い起こすと、確かにユタカはそれ位はやりそうである。
それに、よくよく考えればこんなに身分の低いサザが急に領主夫人になれば、城内で陰口の一つや二つ言われるのが普通であろう。
しかし、ローラやヴェシやトゥーリを筆頭に城の皆は決してそんな素振りは見せず、サザにとても親切に接してくれる。それもユタカの人選によるところが大きいのだろう。
「少佐は剣術学校を主席で出られているので、近衛兵にならずそのままイスパハルの国軍に入られました。
しかし、通常は卒業後はまず各領地へ近衛兵として派遣され、その中でも腕が良ければイスパハルの国軍に入ることができます。
学校の卒業後に近衛兵になるにも試験を受けますが、剣士という職のイメージなのか、どうしても女性の方が落とされやすいのです。
私の同期でも、腕が立つのに採用されず故郷に帰った女の剣士も少なからずいます。魔術士は古くから魔女と呼ばれる存在がいたせいか、男女差はほぼ無いんですけどね。
アトレイド少佐は「性別ではなく腕の立つ人を」とおっしゃって、剣士は完全に剣の腕だけを見て採用して下さっています。
アトレイド少佐のやり方に共感を覚える剣術学校の学生や近衛兵は男女問わず多いですよ。
そんな訳で、イーサの近衛兵は他の領地よりは比較的女性が多いですね。それでも、二百人近くいる内の十人ですが、他ではほぼゼロです。
以前、イスパハルの大臣方にアトレイド少佐は女を囲ってると揶揄され、本気で怒っておられました」
「そうなんだ……」
サザはユタカのやり方に共感した。
戦争で死んだ剣士も多い今は、もう性別ではなく、実際の腕の方が大事だとはサザも思う。
ただ、国の上層部にはユタカのような若者は少なく、年齢の高い人が多いはずだから、慣習が色濃く残っているのだろう。
「そういうの本当、早く無くなって欲しいよね」
「ええ、そう思います」
リエリはその後、近衛兵の生活を色々と教えてくれた。独身者は城の敷地内に男女別の宿舎があり、所帯のある者は町に住まいを持って生活していること。小さな子どものある者は城の中の保育施設で預かってもらえること。
勤務中は交代でイーサ各地の警備と剣術の稽古や訓練にあたっていることなど。
「イーサは基本的に治安は良いので、警備といっても危険はほぼ無いんです。
少佐も町の方々と会われる時は帯剣されない時も多くありましたし。ですから、先日少佐が襲われた件は、本当に驚きました。
少佐は油断していたと言っていましたが、森であんな目に合うなんて誰も思わないのが普通です。
季節によっては熊や狼が出ることはありますけど、野生動物避けの魔術符をイーサの人はみんな持っているので問題ありませんし。町の人も気軽にピクニックに行くような所ですよ。
それに、森であんな卑怯な真似をするのはイスパハルの人間とは考えたくないですね」
「それはどうして?
私はカーモスの生まれだから、よく知らなくて」
「イスパハルには古くから、神や先祖の霊が住む場所として森を敬う信仰がありますから、森で人を殺すのは先祖や神に対する冒涜です。
信じられないくらい罰当たりな行為ですね。
依頼者だって人の子でしょう。
末代まで祟られ、地獄に堕ちても当然の事を平気でやるなんて、やはりイスパハルの人間では無いのではないでしょうか?
もちろん、少佐は襲われて応戦しただけなので仕方のないことです」
「なるほど……」
リエリの話を聞く限りでも、やはり犯人はイスパハルの人間ではなさそうだ。しかし、依頼者の見当がつかないのは変わらない。
「あ、そろそろ門を通過したみたいです。王都トイヴォの市街に入りますよ」
リエリが窓の外に目をやって言った。




