2.サーリの事情
「実は、この店をたたもうと思ってるの」
「…………え?」
予期しないサーリの答えに、三人は思わず、一瞬言葉を失ってしまった。
「どうしてですか!? こんなに繁盛しているのに!」
「みんなこの店が大好きですよ!」
カズラとアンゼリカも思わず立ち上がり、口々に声を荒らげた。
「そうね。常連さんも沢山いて本当にありがたいことだから、心苦しいんだけどね。先週、イスパハルの軍人さんが何人か店に来ていたの覚えてる?」
「……ええ。アンゼリカが注文取ってた人達ですね?
軍服の方が来られるのは珍しいですから。
楽しんでおられた様子でしたけど、何か問題だったんですか?酷いことを言われたなら私達で言い返して来ますよ!」
サザが息巻くと、サーリは慌てたようにぶんぶんと首を振った。
「いやいや、違うの!
あの方たちが、私の料理を大変気に入ってくれてね。昼間に三人に買い出しに行ってもらってる間にあの人達が来て、私に、軍の給仕長にならないかって誘いをくれたのよ。
今の方が高齢で、代わりを探すのに庶民向けの店を回ってたらしいわ。美味しくて安い料理を手早く沢山作れて、荒々しい男でもちゃんとあしらえて、とにかく人当たりのいい人ってことで」
「……それは、正にサーリさんのことですね」
立ち上がったままだったサザは静かに椅子に座り直しながら言った。
それに続いてカズラとアンゼリカもすとんと席についた。
「でね、この一週間ずいぶん悩んだんだけど。
すごく名誉なことだから、その話を受けたいと思ってるの。私ももう四十半ばだけど、せっかく頂いたお話だし、戦争も終わったし、新しいことにチャレンジしてみたくて」
「そういうことだったんですか……」
サザは急な酒場の閉業の訳が喜ばしい話であったことに、胸を撫で下ろした。
「でも、私が一番心配なのはあなた達三人の働き口よ。それが本当に申し訳なくて。今一番の心配なの」
サーリが沈鬱な表情で三人の顔を交互に見た。確かに、この酒場が無くなるということは、三人の仕事も無くなるということだ。
しかし、サーリが掴んだ折角のチャンスを無碍にする訳にはいかない。
「サーリさんのこと応援したいですし。私達のことは気にしないで下さい!
きっと何とかなりますから!
ね、カズラもアンゼリカもそうだよね」
「ええ! もちろん」
「サーリさんがやりたいことをやるのがいいですよ!」
二人も首を大きく縦に振った。
「嬉しいわ、ありがとう。じゃあ、軍からの要請通り、一週間後に店を閉めることにするわ。あと少しになっちゃったけど、最後までよろしくね」
「ええ、本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ、分かってくれて本当にありがとう」
サーリは涙ながらに立ち上がると、三人をまとめてぎゅうと抱きしめた。