16.密かな応戦
後ろで聞こえていたユタカの剣がかち合う音が遠くなっていく。言われるまま咄嗟に馬で駆け出したものの、サザは考えた。
いくら国一の剣士と言っても、手負いの状態であれだけの人数の暗殺者に襲いかかられたら、無事では済まないだろう。
(でも、私が助けに入ったら暗殺者だとばれてしまう。どうすれば……)
その時、森の奥で三人の暗殺者がサザと逆向きに走り抜けて行った。ユタカの方に向かっている。別の場所で待ち伏していた暗殺者が音を聞きつけて加勢しようとしているのだろう。
(せめてこいつらだけでも、領主様のところに行く前に私が倒そう!)
サザは馬の手綱を強く引いて踵を返すと、走ってユタカのところへ向かう暗殺者と並走するように、馬を急激に幅寄せした。
急に近づいてきたサザに相手が反応する前に、サザは馬の勢いを利用して暗殺者の顎下を思い切り蹴り上げた。
ぐきん、という首の骨が折れる鈍い音とともに暗殺者の身体が跳ね飛ばされる。
(一人目……!)
それに気がついた暗殺者の仲間二人が、方向転換してサザの方に走ってくる。
サザは馬から飛び降りて倒した男からナイフを奪うと、襲いかかってきた女の暗殺者の手に正確に回し蹴りを入れる。
女がナイフを取り落とすと、すかさず懐にナイフを投擲する。心臓にナイフが刺さった女が胸から血を吹いてずり落ち倒れる。
(二人目!次で最後だ!)
サザは投げたナイフを死体から素早く引き抜き、その後ろから跳躍して切りかかってきた男のナイフを斬り返す。
何回か切り返すと相手の隙を見てナイフを弾き飛ばし、よろけて体勢を崩した相手の首を後ろから思い切り肘打ちした。
ありえない方向に首と体が曲がった男がそのまま地面に倒れる。
(……よし)
最後に倒した男が絶命したことを確認すると、サザは持っていたナイフを放り捨てた。
返り血を浴びないで済むように懐に飛び込んで刺すのは避けたが、それでも服に少し返り血がついてしまった。しかし、大した量ではないからこの状況でなら気にされないだろう。
サザは息を整えながら耳を澄ます。
(あれ……?もう剣の音がしなくなってる)
ユタカの戦闘が終わるのがサザが考えていたよりかなり早い。
倒すのに時間がかかるなら分かるが、早く終わるということは人数が少ない方がやられている可能性が高い。
(まさか。早く戻らないと)
サザは馬に飛び乗ると急いで元の場所に向かった。心臓の音が早鐘のように鳴る。
(もし領主様が生きていなかったら……私のせいだ)
—
元の場所に戻ると、ユタカが肩で息をしながら、血で濡れた剣を杖にして地面に片膝をついていた。返り血を浴び、全身が真っ赤に濡れている。
血と汗で前髪が額に張り付いている。
「領主さま!!」
「サザ……」
気づいたユタカがこちらに顔を向け、安堵した表情を見せた。
ユタカの周りには死体が転がっている。ざっと二十人はいたようだ。
さっきは十人位だったから、サザが倒した暗殺者以外にも、後からユタカの方に向かった者がいたのだろう。
(暗殺者二十人を一人で倒したのか……
しかも、手負いの上に、こんなに短時間で。信じられない。強すぎる)
ユタカ・アトレイドとまともに戦ったら、絶対に死ぬ。
サザはそう確信して身震いした。
夫と戦うという状況はあるはずがないが、サザはあまりのユタカの実力にそれを考えずにはいらなかった。
「無事だったんだ……」
ユタカはそう言いつつも地面に膝をついたままだ。立てないのだろうか。
「大丈夫ですか!?」
「ああ……」
サザが馬から飛び降りて駆け寄りユタカの肩を抱くと、手がべったりと血で濡れた。
これは返り血ではなくユタカの血だ。さっきの怪我から大量に出血している。
すぐに手当て出来れば大したことは無かったはずだが、血が流れるままに戦ったせいで出血がひどくなったのだ。
「早く、止血しましょう」
サザは急いでユタカの上着を脱がせると、自分のスカートの裾を歯で引き裂き、ユタカの肩の傷と脇の下に当ててきつく縛った。
脇の下にある太い血管を圧迫すれば多少は出血が抑えられる筈だが、急がないと危ないかもしれない。
「馬は私が走らせます。早く城に戻りましょう。私の後ろに乗れそうですか?」
「ああ、そうしてもらえると助かる……」
サザは先に馬に乗り、ユタカに手を貸して何とか馬の上に引き寄せた。後ろから自分の身体に掴まらせると、馬を走らせて城へと急いだ。




