14.領主夫人の仕事
ユタカは商店が立ち並ぶ中心部から少し馬を走らせて、森へと続く高台へやってきた。イーサの城とさっきまでいた城下町が一望できる。
そこから少し離れた森の入口の一部は戦いの後らしく、かなり広い範囲が荒らされて木が枯れてしまっている。
「イスパハルの国土の多くは森だっていうのは知ってるか?王都トイヴォは都会だから、そんな風には感じられないと思うけど」
「ええ。私はイスパハルに来てからはトイヴォからは殆ど出たことが無くて。
聞いてはいましたが、あまり意識はしていませんでした」
「その中でも特にイーサは森林が多いな。自然が豊かってことだよ。まあ、田舎って言われることの方が多いけどさ。
そんな土地だから、イーサの主な産業は林業と木工芸品なんだ。
イーサはイスパハルの最北にあって特に冬の寒さの厳しい地域なんだけど、その分質の良い木材が育つ。だから家具とか木工芸品の生産が盛んなんだ。
イーサの人は豪雪のせいで一年を通して家で過ごす時間が長いのもあって、工芸品は暮らしに根付いた意匠が高く評価されてるね。
おれはあまり明るくはないけど、昔から芸術方面に秀でた人も多くイーサから出ているそうだよ」
「へえ……知りませんでした」
部屋にあったシンプルな家具も、その流れを汲むものなのだろう。
「でも、ああいう風に戦争で破壊されてしまった森も少なからずあるんだ。
原料の木が採集できなければ品物が作れないし、傷ついた森は一朝一夕で治せるものじゃないから、まだしばらくは領地のみんなに頑張ってもらわないといけないな。
林業や木製品の製造を生業にしている人には国から助成が出るし、イーサからはごく低金利で貸し付けもしてる。
ただ、それだけでは十分な資金ではないし、そもそも人出も足りないから、なかなか直ぐには元に戻せないというのが現状なんだ。
あと、昨日おれも手伝ってたけど、冬以外には田畑で野菜も沢山作ってるね」
確かにサーリの酒場でもイーサの野菜をよく仕入れていたのは記憶にあった。
「あと、トナカイの革で作ったイーサの伝統的な防寒着は作りの良さに定評があるから高く取引されるんだ。森が完全に元に戻るまでは、それと野菜で足しにしてる感じだな。
イーサはおれの生まれ育った本当に大切な場所だから、絶対に戦争前の姿に戻すんだ。それが領主としてやるべき事だから」
「そうなんですね……」
命からがらにカーモスから逃げ、成り行きでトイヴォへ住み始めたサザは、ユタカの様に心から好きだと言えるような土地は存在しなかった。そんな風に大切に思える場所があるユタカがサザには少しだけ眩しく感じた。
その後ユタカは馬を歩かせながら、イーサの工芸品の流通ルートや、他の領地でやっている支援策のこと、季節ごとに取れる野菜と販売経路のことなど、イーサの現状を色々な角度から教えてくれた。
ユタカの話はどれも非常に具体的で、ちゃんと自分で見たり、話を聞いたりしていることがよく伝わってきた。
「それで。一番大事な話。
サザにやって欲しい仕事のことだ。陛下への謁見が終わって落ち着いたら取り掛かって欲しいんだけど」
「ええ。でも、本当に私に出来ることなんてありますか……?」
サザが暗殺と酒場のホール職以外で出来ることなど何も無い。それが理由でユタカと結婚したのだ。大丈夫だろうか。
「サザには、イーサの貧しい人たちが今本当に何が必要かを調べて、おれに教えて欲しいんだ」
「貧しい人、ですか?」
全く予期していなかったユタカの答えに、サザは思わず聞き返した。
「そう。おれは領主だから、ここに住んでいるどんな人の生活も守らないといけない。でも、それを調べるのにおれは向いていないんだ」
「どうしてですか?」
「まず、サザはすごく苦労している。そして、貧しさで虐げられるのは女性や子どもが圧倒的に多いからだ。
貧しい人の暮らしを良くするにはただ金を配ればいいというものでもないし、第一イーサにはそんな金だって無い。だから、知恵を働かせて何が必要なのかを的確に見極めないといけないんだ。
でもサザなら、押し付けではなく、そういう人達が本当に必要なものが分かると思う。それに、そういう人が領主夫人であること自体が、人々の希望にもなる」
「なるほど……」
サザは内心、イーサを想うユタカの強い気持ちに驚いていた。国の英雄と呼ばれたユタカ・アトレイドの素顔は、地元愛に溢れる青年だったのだ。
変わり者と捉えていた自分が恥ずかしくなった。
それに、確かにサザは難民としてイスパハルに来るまではカーモスで、文字通り泥水を啜るような生活をしていたのだ。
言いようのない酷い暮らしは同じような経験をした人でないと分からないというのは、自分のこととして実感できる。それなら確かにサザにも出来るかもしれない。
「……頑張ってみます」
「頼むよ。期待してるから。細かいことはまた落ち着いたら相談しよう。
じゃ、あとは森の方を見たら城に戻るよ」
「ええ、分かりました」
ユタカは眼下の森に向かって馬を走らせた。
(しかし領主様は、なんて言うか、すごいな)
サザは改めて昨日今日のことを思い起こし、ユタカはすごい人だと思った。
ユタカは領主だし、剣も強いらしいし、背が高いし、顔も綺麗だし、気配りも出来るし、みんなに好かれている。
こんな人が私と結婚して良かったんだろうか。サザは急に心配になってきてしまった。
(もう、成り行きに任せるしか無いな)
サザは馬に揺られながらそんなことを考え、ユタカに気づかれない様にに小さくふるふると首を振った。