13.服選び
城を出てしばらく走ると、サザの後ろでユタカが口を開いた。
「最初に商店が並んでる城下町の中心地区に行く。
その後は工房や田畑の多い地域を見て、森を少し歩いてから帰るよ」
「分かりました」
ユタカが馬を走らせると程なくして、教会前の広場を中心に商店が立ち並ぶ地域が見えてきた。イーサの城下町だ。道は石畳ではなく土だし、立ち並ぶ建物たちもサザが住んでいた王都よりずっと質素だが、人々の活気がありそうだ。
町の中に入ると、ユタカに気がついた人達が老若男女問わず次々に声をかけてくる。
「領主様！元気？」
「領主さま！こっちものぞいて行って！」
「りょうしゅさま！剣見せて！」
ユタカが一人一人に答えているうちに、馬の両脇につけられた荷物袋は町の人達からプレゼントされたパンやら野菜やらでたちまちいっぱいになってしまった。
人々からの支持の厚さは本当のようだ。
「領主さま、その人はだあれ？」
母親に手を引かれた小さな女の子がサザを指差して尋ねた。
「わ、私は……」
サザが慌てて答えようとすると、ユタカがそれを遮って先に口を開いた。
「サザだよ。おれの妻になる人だ」
「えええええっ！」
集まった人々の間にどよめきが起こる。若い娘はショックのあまり血の気がひいているようだ。
（ごめん……
まさかこんなのがあのユタカ・アトレイドの妻になるなんて、信じられないよな。私も信じられないし）
サザは心底申し訳ない気待ちになって俯いた。
「明日教会で結婚式するから、みんな来てくれよ」
ユタカはそう言うと馬を走らせて、広場を後にした。
後ろから町の人達が、
「もっと詳しく教えてよ！」
「おめでとう！！」
などと言っているのが聞こえてくる。ユタカは軽く手を振って応えた。
「町の方にすごく慕われてるんですね」
町の中を馬で歩きながら、サザは言った。
「いや、慕われているのとはちょっと違うな。
おれはイーサの領主になったけど、正直剣のこと以外は分からないことの方が多いから、町のみんなに教えて貰ってるんだ。みんな、本当によくしてくれてるよ。
おれみたいな若者に領主なんて任せてくれてさ」
「謙虚ですね……」
「自分にできることをやってるだけだよ」
ユタカはさも当然そうだが、そう簡単に言える台詞ではないだろう。こういうことが無自覚に出来るという点で、この人は生まれつき領主に向いているのかもしれない。
それに、今のやり取りを通してサザはユタカが軍服を着ていない理由が分かった気がした。
ユタカがイーサの普通の青年の格好をしているから町の人は気軽に話しかけてくるのだ。軍服だったらそうはいかないだろう。
その後、ユタカは街の中で馬を歩かせて服屋を探してくれた。急に領主が店に入ってきたので店主の初老の女性はとても驚いていたが、ユタカがサザを紹介するととても親身になって一緒に服を選んでくれた。
サザは自分が普段から着ていたようなシンプルな長袖の生成りのブラウスと若葉色のスカートを選んで着替えてみた。
「それでいいのか？ 昨日はお金の話しばっかりしたけど、別に一番安い服を買えと言ってる訳じゃないよ」
ユタカがサザの服を見て少し申し訳なさそうに言った。
「いえ。こっちの方が落ち着くんです」
「そうか……？ サザが良いなら問題ないんだけど」
サーリには本当に申し訳ないが、いくら可愛らしくても重たくて動きにくい豪華なワンピースやドレスは出来るだけ着たくなかった。
ユタカはサザに何着か服を選ばせると、城に請求書を回すようにと店主に頼んでサインをして店を出た。店主の計らいで今まで着ていた服と残りの服は城に届けておいてくれるそうなので、サザは着替えた服でまたユタカと馬に乗った。
二人ともこんなに庶民的な格好をしていたら、とても領主と夫人には見えないだろう。
（二人で出かけて服を買ってもらうって……もしかしてこれは、私の初デートだったのかな？
いや、もう夫婦だから違うか）
ユタカが走らせる馬に乗りながらサザはふとそんなことを思い、急に恥ずかしくなってしまった。
（それにしても、誰かに馬に乗せてもらうなんて久しぶりだ。確か、私は組織でカズラに一緒に乗せてもらって習ったんだ。
二人はどうしてるかな。新しい仕事、上手く行ってるといいけど）
サザは馬に身を預けながら昔を思い出し、少し懐かしい気持ちになった。
