蝶の山脈調査隊
カルネ公国首都・公爵館第4執務室。
それは本国であるラードラル王国から派遣された軍将校がその土地の駐屯兵を運用するために作られた部屋だ。
その報告書を見て、ベル・バルガ准将は眉をひそめた。
「強大な魔物の戦闘を第三辺境警備隊の大勢が目撃?」
気になって書類に目を通すとバルティッシュ要塞周辺の蝶の山脈付近の森で様々な戦闘現象が1日前に確認されたと言う。
「確かあの周辺は英雄級の水喰鳥の縄張りだったはず。ならば納得もいくが、、、一応辺境付近を厚くするか。しかし追加戦力の徴収となるとここの今の現状では苦しいか。本国に呼びかけるしかあるまい」
バルガは羽ペンを取りラードラル王国参謀室へ一筆認めた。
放置の危険性を十二分に書き部下に急いで送らせる。
「さて、断られるとは思えんが一応その場合のためにも今から固めておかなければ」
バルガは立ち上がり急ぎ公爵の元へ向かった。
執務室をノックし所在を確認する。
「閣下、バルガであります。失礼してよろしいでしょうか?閣下?」
『少し待ちたまえ』
「緊急の案件でございます」
『ふむ、、、分かった」』
扉が開き、服装の乱れた侍女が慌てて執務室を出て行く。
元気なことだ、とため息をついてバルガは執務室へと入っていった。
椅子に座るのは無駄な脂肪ばかり付いた豪華な服を着ている男。
机に書類など一切なくここが執務室ではなく逢引室になっているのは自明だろう。
「お楽しみの途中失礼します閣下。実は先日第三辺境警備隊、バルティッシュ要塞から強大な魔物の戦闘を目撃したとの報告がありまして、出来れば戦闘の余波で逃げてくる魔物の警戒を行いたいのですが、、」
「兵を集めろと?バカ言うな。そんな余力がどこにある。我が国は弱国だ。本国もな。公国すら都が一つしかないのが証拠だろう。そんな中来るか分からない魔物の大群のために徴兵などできん。却下だ」
「では、全指揮権をいただけないでしょうか?不測の事態には備えておきたいので」
「、、それくらいならいいだろう。いけ」
「っは。失礼します。先ほどの侍女は呼び戻しますか?」
「いい、飽きた」
「っは」
敬礼をしてるバルガは逢引室を出た。
これで徴兵はせずとも第一、第二辺境警備隊の招集が可能になった。
「さて、仕事の時間か」
バルガは第4執務室へと戻り二つの招集文書を書き、これも部下に急ぎで送らせた。
執務室から出た彼はその足で公爵館から出て馬車を呼ぶ。
馬車に大急ぎでバルティッシュ要塞に向かうように伝え自分はこの後どう動くかを考えていった。
5時間後、馬車に揺られついた先は苔の生えたレンガと多くの兵がいる蝶の山脈周辺最大の要塞バルティッシュ。
馬車から降りるとバルティッシュ要塞の司令官・ガードール大佐が彼を出迎えた。
「バルガ准将閣下、お久しぶりです。今日は観光で」
「ああ。何しろ宴が始まりそうと聞いたものでな」
「宴ですか。ああ、なるほど。理解しました。司令室へ案内します。
要塞の中へ大佐を前にして歩いていく。
「それはそうと、どこまでの指揮権を?」
「全指揮権だ。公爵閣下は実に寛大な方だよ」
「まあ、全指揮権をどこまで理解しているか怪しいものですがな」
「だからくれたのだろうさ」
気さくに話しながら彼らは執務室へと入る。
余談だが全指揮権とは軍隊の中で該当地域の軍全てを自由に動かせる権利でありこれがあれば軍旗に違反しない限り自由に行動できると言うものだ。
そんな絶対的権利を持ったバルガが入室すると同時に、中で働いていた中佐が振り向いた。
「大佐殿?どちらへ行って、、こ、これは准将閣下!お会いできて光栄であります!」
一人の中佐が敬礼をしたのち司令室にいる全ての軍人が彼に敬礼をした。
「先日の英雄級の戦闘と思わしき騒ぎは全員知っているだろう。それによる氾濫の可能性を考慮し今から我々は第1級警戒を開始する。第一・第二辺境警備隊の半数も来るはずだ。各自持ち場に行きその趣旨を伝えてこい」
「「「「了解しました」」」」
全将校に指令を出しバルガは椅子へと座り葉巻で一服した。
「公爵館勤めは大変でありますか?」
「軍務以外の仕事をやらされやるべき男の執務室が逢引室になっている職場が大変でないとでも?」
「失礼しました閣下。それで、氾濫は本当におきますかね?」
「私とて国や周辺の国の氾濫の情報は持っているさ。それのほとんどが間引き忘れか強者の戦闘で逃げ出した魔物だ。必ず来るさ」
「私としては来ない方がいいのですが、、、」
「そういうときに限って運は我々の敵だ」
「確かにそうですね。では、仕事に戻らせていただきます」
「ご苦労大佐」
バルガは卓上にある周辺の地図を見ながら、今後の展開を予想する。
(森林が要塞から近い。これでは魔物の発見が遅れて食いつぶされる可能性がある。斥候を向かわせた方がいいだろう。それと問題は南だ。ここだけ、兵の数が4分の3。ここを潰されれば南と東からの攻撃で落ちるだろうな。なるべく早く第一と第二が来てくれれば問題はないが、、全指揮権を得た以上敗北は許されん。それ以前にここが喰われれば公国が無くなる。ならば、、)
バルガは一通り思案した後残った中佐を呼び出した。
「なんでありましょうか?」
「斥候を小隊分だせ。なるべく速度重視だ。それと中央の四分の一を南に回せ」
「斥候は理解しましたが四分の一となると間に合わない可能性が、、」
「間に合わせろ。国が滅ぶぞ?」
「了解しました。直ちに」
中佐が退出し司令室はバルガ一人になる。
そして10分後、中佐が慌てて駆け込んできた。
「閣下!斥候から急報です!」
「規模は?」
「お、凡そ一万。うち6体がAランクであるとの事!」
「っな!?本当なのだな?」
「はい!」
「分かった。始まるぞ、地獄が」