養蜂家の青年は、冬支度を行う
白、紫、赤と、色鮮やかなニンジンを掘り起こす。畑では、五種類ほどのニンジンを育てていたようだ。
他にも、真っ赤なカブに黄色の小カブ、タマネギ、バターナッツにビーツ、キャベツ、ジャガイモなどを収穫していく。
春から夏にかけて、食べきれない野菜は村に下ろして売っていた。だが、これらの野菜は、冬を乗り越えるための大事な食料となるようだ。
もちろん、このままでは腐ってしまう野菜もある。そのため、保存するために加工をするようだ。
まず、もっともシンプルなのは、野菜をカットして干すだけのもの。
ツヴェート様は目にも留まらぬ速さでニンジンやカブ、タマネギをカットしていく。
しっかり乾燥させた野菜は、三ヶ月から半年くらいは保存できるらしい。
「半端に乾燥させた野菜は、すぐ腐る。だから、十分乾かすことが大事なんだよ」
「勉強になります」
なんでも、干し野菜の利点は保存だけではないらしい。
乾燥させることによって、野菜の青臭さを感じにくくなるうえに、旨みがぎゅっと濃縮されるようだ。
ただ、野菜のみずみずしさから得られる栄養分はなくなるので、善し悪しではあるとツヴェート様は言う。
「上手いばかりの話なんてないんだよ」
「まるで、人生の教訓のようだ」
さすが、ツヴェート様である。今日も、学ばせていただいた。
野菜はどんどん加工されていく。
酢と香辛料、砂糖に塩、ニンニク、唐辛子で作った液に漬けたピクルス――擂ったニンジンやタマネギで作る瓶詰めドレッシング――塩に漬けたカブなどなど。
食品を保存する地下部屋には、ずらりと瓶詰めが並んでいた。
そこは野菜の保存食だけではなく、ベリーやキノコ、肉の保存食も並んでいた。
「こんなにたくさん……!」
「これでも、三ヶ月保つか保たないか、ってところだろうね」
「そうなんだ」
冬の間、まったく食べ物を得られない、というわけではないらしい。
近場に罠を仕掛けて、鹿や兎などを捕まえているという。その話を聞いて、ホッと胸をなで下ろした。
「雪が深い季節だけでも山を下りるという手もあるんだけれどねえ。昔から、ここに住む奴らは、蜜蜂を置いて村に住むなんてことはできない、なんて言うんだよ。冬の間は、まともに蜜蜂の様子なんて見に行けないのに」
「気持ちはわかる気がする」
蜜蜂も蜂蜜を集めて、皆で体を温め合い越冬しようと頑張っているのだ。蜜蜂にできて、人間である俺たちにできないわけがない。
そういう考えなのだろう。
ただ、山の冬は想像していたよりもずっと厳しいようだ。その生活に、ツヴェート様を巻き込んでしまったことを申し訳なく思う。
「なんと言いますか、厳しい山の冬暮らしに付き合わせてしまって、ごめんなさい」
「とっくの昔に、覚悟はできているんだよ。それに、もしも体調が悪くなっても、蜜薬師のアニャがいるからね。状況は悪いばかりではない」
「ツヴェート様……ありがとう」
ツヴェート様には毎日助けてもらっているばかりで、いつか恩返しをしたい。
今のところ、肩たたきしか思いつかないのが悲しいところである。
◇◇◇
乾燥する冬が訪れる前に、やらなければならないことが保存食作り以外にもあるという。
本日の先生は、マクシミリニャンだ。
「お義父様、今日は何をするの?」
「家具や床の手入れである」
なんでも、乾燥が酷いと家具が歪んだり、床板が反ったりするようだ。
「そこで使うのが、蜜蝋から作るワックスだ」
「おー!」
そういえば、年末に行われる実家の大掃除のさいにも、どでかいワックスの缶を使って手入れをしていた。よく意味がわからずに使っていたが、乾燥するシーズンに合わせてのお手入れだったようだ。
もちろん、ワックスは手作りである。
台所で保存食作りをしているアニャやツヴェート様の邪魔にならないよう、外で作るようだ。
「うう、寒いなあ」
「秋もすっかり深まったな」
「だね。手が、かじかむ」
手と手を擦り合わせていたら、マクシミリニャンが両手を包み込むように握ってくれた。
「わ、お義父様の手、温かい!」
「そうだろう?」
ふたりで微笑み合っていたが、ふと我に返る。なぜ、男同士で手を握り合い、ニコニコしているのだと。
「お義父様、ありがとう。もう大丈夫だから」
「そうか。また、手が冷たくなったら言ってくれ」
「うん」
マクシミリニャンの優しさに、涙が滲んでしまったのは内緒だ。
さっそく、蜜蝋ワックス作りに取りかかる。とはいっても、工程は至ってシンプルらしい。溶かした蜜蝋にオリーブオイルを混ぜるだけだ。
バター状になった蜜蝋ワックスを、床や家具に布を使って塗り込んでいく。
ワックスを塗ったところと、塗っていないところでは木の輝きがまったく異なっていた。家の中が瞬く間にピカピカになっていくので、やりがいを感じる。
一段落ついたところで、台所にいるアニャから声がかかった。
「食事にするわよ」
その瞬間に、お腹がぐーっと鳴った。どうやら、空腹なのにも気づかないほど、作業に集中していたようである。
保存食作りで余った野菜の欠片入りスープは、とってもおいしかった。