養蜂家の青年は、庭の手入れを行う
ひとまず、ツヴェート様の容態は落ち着いているようなので、庭の草花に水を与えることにした。
井戸から二個のバケツに水を汲み、天秤棒にぶら下げて運んで行く。
バケツが大きいので、ズシンと重たい。ツヴェート様はこれを毎日運んでいるというのか。超人過ぎるだろう。
水を柄杓で掬い、草花に水を与えていく。
実家で毎日水やりしていたので慣れているものの、ここもそこそこ広いので水を汲みに何度も庭と井戸を行き来しないといけない。地味に大変だ。
生え放題だった雑草も引き抜いたが、これは一時間やそこらで終わるわけがない。ひとまず、ツヴェート様の草花の生育を妨害しそうなものだけ抜いておいた。
それにしても、これほどの庭をツヴェート様が管理しているなんて信じられない。
おそらく、朝から晩まで外で世話をしているのだろう。
今回みたいに倒れたとき、誰も気づく人がいないという状況は、大変危ういものだろう。
息子さんは王都にいると言っていたが……。
おそらく、ツヴェート様はこの庭や染め物屋さんを捨てるという道は選ばない。
困ったものである。
作業が終わると、すっかり日が暮れる。
アニャがやってきて、声をかけてくれた。
「イヴァン、ツヴェート様の家のお風呂借りていいって。お湯を沸かしておいたから、先に入って」
「いや、俺は最後でいいよ」
「またあなたはそんなことを言って。いいから、さっさと入りなさい」
「おっと、アニャ、背中押さないで! 俺、煙突を通ってきたから、汚れているんだけれど」
「ええ、ええ。汚れているから、お風呂に入ってきれいにしてきて」
「わかった、わかったから」
背中を向けたまま、アニャに話しかける。
「ツヴェート様の容態はどう?」
「今は、眠っているわ」
「そっか」
今回の件について、アニャはどう思っているのか。尋ねてみた。
「ここでの独り暮らしは、限界だと思っているの。今日みたいなことが、この先ないとも言えないし」
「だよね」
「ツヴェート様、うちに招いたら、来てくれるかしら?」
「それ、いいかも」
開拓している土地に、ツヴェート様の庭を造ればいいのだ。
これだけたくさんの花があれば、蜂蜜だって採れる。
「でも、ツヴェート様はここの家や庭に思い入れがあるから、嫌がるかもしれないわね」
「家は無理だけど、草花は移植できると思う。時間はかかりそうだけれど」
ツヴェート様の庭を、俺たちの家の庭に造ればいいのだ。簡単な話ではないけれど、実現は不可能ではないだろう。
「あ、でも俺、ツヴェート様を背負って岩を登れるかな?」
「そういう力仕事は、お父様に頼めばいいわ」
「一応、お義父様にも聞いてみないとね」
「大丈夫だとは思うけれど」
そういえば、以前ツヴェート様はお義父様に厳しいだなんて話をしていたような。若干、その辺の関係性は心配が残るが。
「今はしっかり療養してもらって、元気になったら提案してみましょう」
「そうだね」
「さ、イヴァンはお風呂に入って」
「はいはい」
お言葉に甘えて、離れにある風呂に入らせてもらう。
絶妙に温められた浴槽の湯を頭から被り、全身をきれいに洗った。
すっきりとした気分で、上がる。
日が暮れ、涼しい風が吹いていた。
庭では虫の大合唱が行われていた。
「っていうか、虫の鳴き声うるさっ!!」
小走りでツヴェート様の家に戻る。
食卓にはアニャ特製の大麦と豚肉、野菜を煮込んだスープ、リチェットが煮込まれた鍋がどん! と置かれていた。
ツヴェート様が食べやすいように、野菜はすり潰されているようだ。
庭の手入れをするためにしっかり働いたので、お腹はペコペコである。
「ツヴェート様には、もう食べてもらったわ。食欲はあるようで、ホッとしているところよ」
「そっか。よかった」
アニャとふたりで、食卓を囲む。
スープは倒れたツヴェート様のために、少しだけしょっぱく作られていた。この濃さが、疲れた体に染み入るようだった。
「あー、おいしい。やっぱ、アニャのスープは世界一だ」
「そんなこと言っても、お代わりくらいしかあげないわよ」
「え、お代わり最高じゃん」
自分で注ごうと思ったが、アニャにお皿を取られてしまった。
たっぷりと、注いでくれる。
「そんなに食べていいの?」
「余っても、この暑さだったら腐ってしまうわ。食べきらないと」
「そっか。だったら、遠慮なく」
アニャの特製スープで、お腹いっぱいになった。
◇◇◇
翌日は、俺ひとりで家に戻ることとなった。
アニャはしばらく、ツヴェート様の家で看病するらしい。
そんなわけで、しばらくマクシミリニャンとふたり暮らしをすることとなったのである。
ツヴェート様を家に招く話については、ふたつ返事で了承してくれた。
ただ、ツィリルを引き取る件に関しては、慎重な姿勢を見せていた。
「大事な子を、引き取るというのは難しいかもしれん」
「そうだけれど、あのまま実家にいたら、ツィリルが俺みたいになりそうで」
「気持ちはわかる」
どうしてもというのであれば、判断は俺に任せるという。
どうしようかと迷ったが、やはり、ツィリルがかつての俺みたいに都合よく使われるのは我慢ならない。
実家への手紙を認め、伝書鳩を使ってリブチェス・ラズの配達所に送った。




