養蜂家の青年は、皿を作る
今日はアニャとふたり、山の中腹で鋤を使い穴を掘っていた。
まず出てきたのは、黒っぽい土。
「これはダメよ。腐植物が多いから、粘土に向かないの」
「なるほど」
今日の目的は山で採れた土――粘土だ。これを使って、陶器を作るらしい。
まさか、皿まで手作りだったとは。
言われてみれば、使われている皿はどれも一枚一枚形が異なり、味わい深い形をしていた。なんでも、俺の分の食器を作るようだ。
陶器を作るために必要な粘土は、山で採れる。
粘土には複雑な条件があると思いきや、水を含ませて粘着性が出たら粘土と呼ぶらしい。
ただ、粘着性があっても、腐りかけの草木が混ざっていたり、土の中に石灰が多かったりすると、陶器を作る土に向かないようだ。
この腐植物を多く含んだ土の下には、陶器作りに向いた土があるという。
アニャの指示を聞きながら、どんどん掘り進める。
「あ、イヴァン、この辺りの土よ」
「おー。あんまり、違いがわからないな」
「水を含ませたらわかるわ」
家から持ってきた水を、土に含ませる。アニャは泥遊びをする子どものように、土を捏ねた。
「この土を細く伸ばして、円形にできる土は、粘土向きなのよ」
アニャが作った土の円は、切れずに形を維持していた。上のほうの土で、同じことをしてみる。細く伸ばすことすら、できなかった。
続けて、アニャが捏ねた土に触れてみる。ぜんぜん、触り心地が違った。
「へえ、これが、粘土!」
「そうよ」
持ち帰った粘土は、半月ほど外気にさらしておくらしい。さすれば、粘土の質がよくなるようだ。どうして質がよくなるかは、よくわからないという。
マクシミリニャンに聞いたら、「妖精さんの働きのおかげだ」と真顔で答えていた。
それが冗談だと気づいたのは、翌日の朝だった。
二週間後――アニャと一緒に皿作りを開始する。
最初に、粘土をふるいにかける。ここで、石やゴミ、幼虫などを取り除くようだ。
ふるいにかけた粘土は、サラサラになった。
「次に、土に水を入れて捏ねるの」
大きな桶に粘土と水を加えて、捏ねるようだ。ただ、量が多いので、手で捏ねると手首を痛めてしまうという。
「だったらアニャ、どうするの?」
「こうするのよ」
アニャはスカートを少しだけたくし上げ、裸足になった。石鹸で足を洗ったあと、桶の中へと入る。
そして、足で粘土を捏ね始めた。
裾が汚れないよう、アニャはスカートをさらにたくし上げる。白い足が、見放題であった。
「こうして、粘土を足で踏みつけるの」
「はーい」
いつまでも、見ていられる――そう思ったが、マクシミリニャンがやってきたので急に現実に引き戻された。緩みきっていたであろう表情も、きゅっと引き締まる。
「おお、やっておるな」
「真面目にやっております、お義父様」
「どうれ。アニャ、我が代わろうぞ」
「ええ、お願い」
アニャは桶から出て、用意していた水と石鹸で足を洗う。
代わりに、マクシミリニャンが靴を脱いで、アニャと同じように土を踏み始めた。
「こう、こうやって、土をしっかり踏むのだぞ」
「はい……」
先ほどまでアニャの白い足を眺める楽しい時間だったのに、マクシミリニャンのすね毛の生えた足を見なくてはいけない状況になっていた。ぜんぜん、楽しくない。
見ているうちに、マクシミリニャンのすね毛が、粘土に混ざらないか心配になってくる。
「イヴァン殿もやるか?」
「やります!!」
こうなったら、自分でやるしかない。早く終わらせるため、渾身の力で粘土を踏んだ。
「もう、これくらいでいいな」
「はい」
アニャは戻ってこない。どうやら、マクシミリニャンとふたりきりの陶芸教室になりそうだ。
マクシミリニャンが、作り方を教えてくれる。
「こうやって細長い棒状に粘土を整え、くるくる巻いて皿を作っていくのだ。皿の形となったら、表面をなめらかに整える。できそうか?」
「難しそうだけれど、とりあえずやってみるよ」
「ふむ」
まずは、スープ用の深皿を作ってみる。マクシミリニャンは慣れているのか、あっという間に完成させていた。
ひとつ目は完成させるのに、一時間もかかった。
「お義父様、どう?」
「おお、よくできておる」
それからカップと平皿と、小皿を作った。これを、半月ほどかけて乾燥させる。
半月後――皿を素焼きする。
外にある立派な炉のひとつは、陶器を作るためのものだったらしい。
素焼きが終わると、釉薬を塗って焼く。
「釉薬は、洗濯用のソーダ、石灰石、珪土、長石を粉末にして、水で溶いたものである」
釉薬を塗ることによって、焼いたときに皿に艶や照りが出るのだという。
そして、やっと本焼きに移る。八時間焼いて、八時間冷ます。
ようやく完成した皿は――縁が盛大に歪んでいるものばかりであった。
しかし、時間をかけて作った物なので、見た瞬間に愛着が湧く。
アニャとマクシミリニャンに見せたら、ふたりとも褒めてくれた。
「いいじゃない、味があって」
「丈夫そうな皿である。一生使えるな」
「ありがとう」
普段から使っている食器も、同じように手間暇かけて作られたものだったのだろう。今まで知らずに、使っていた。
「また、皿を作ってみたいな」
ポツリと呟いた言葉に、マクシミリニャンは反応する。
「では、山の頂上にある上質の粘土を使って、最上の皿を作ろうぞ!」
「お父様、あそこは危険よ」
「イヴァン殿とふたりならば、大丈夫だろう」
「あの辺りは、熊だって、たくさんいるような場所よ?」
「熊とは、道を譲り合えばよい」
「もう! 冗談ばかり言って!」
「いや、今回は本気だ。なあ、イヴァン殿?」
「え、あ……うん」
なんだか、ぜんぜん大丈夫そうに思えない場所に連れて行かれそうな気配を感じた。
口は災いのもと。
一ヶ月後にとんでもなく過酷な登山に連れて行かれた俺は、しみじみ思ったのだった。




