養蜂家の青年は、開墾を始める
山に戻って数日は、マクシミリニャンには休んでもらい、アニャとふたりで働き回る。
マクシミリニャンはのんびり休めない性分のようで、何度も家から出て仕事をしようとしていた。そのたびに、アニャに怒られていたのである。
それでも言うことを聞かないので、アニャに「山の大木に、縄で縛りつけておこうかしら」などと言われていた。
夕食の時間は、もっぱら開墾について話す。
マクシミリニャンは「それはいい」と言って、応援してくれた。
ひまわり畑を作るために、家族力を合わせて頑張ろう。そんなマクシミリニャンの一言が、ものすごく嬉しかった。
◇◇◇
流蜜期も始まりバタバタ過ごす中で、開墾も同時進行で始める。
なんでも、本格的な開墾は、十五年ぶりらしい。アニャも初めてだという。
現場を取り仕切るのは、開墾ならお任せ! と言わんばかりのたくましさを持つマクシミリニャンだ。
ちなみに、開墾はかなりの重労働らしい。さらに、開墾する日々を時給で換算した場合、土地を買ったほうが安く上がると言われるくらいなのだとか。
この山深い土地に、開けた場所など売っているわけもなく。
ひまわり畑を作れるような広い土地はないので、自分達で作るしかないようだ。
一日の仕事を倍速で終わらせ、昼から開墾作業に移る。
開墾する範囲には、杭が打たれ縄で囲まれていた。数日もの間、ここに山羊を放つと、草を食べ尽くしてくれるのだ。おまけに糞は、そのまま肥料になる。大量でなければ、発酵せずとも使えるらしい。
そんな感じで、山羊が下準備してくれた場所を、切り開くのだ。
まずは、木からどうにかするらしい。
マクシミリニャンのあとをついていくと、大きな木があった。
「この木があるおかげで、この辺りは開墾していなかったのだ」
山の中でもこの辺りは平らで、開墾しやすい環境だった。だが、とんでもなく大きな木があるので、手を付けていなかったようだ。
「ずっと、ここの開墾は気がかりであった。イヴァン殿のおかげで、やっとこの木と戦える」
開墾でもっとも大変なのは、木の根っこの除去らしい。おそらく、この木は想像を絶するほど、強く深く根付いているに違いない。
「ねえ、お父様。木の根っこは、どうやって取り除くの?」
アニャの質問に、マクシミリニャンは口の端を僅かに上げつつ説明してくれた。
「火薬を使って、爆破させる」
「ええ~!!」
まさかの、爆発。地道に掘っていくものだと思っていたら。
もう一つ、方法があるらしい。それは、薬品を使うもの。
木に深い穴を開けて、そこに薬品を流し込む。一ヶ月後に、燃やすらしい。これをすることによって、木の根は燃えやすくなるようだ。
どこかいそいそとした様子で、火薬を用意しなければと言うマクシミリニャンに、鋭い一言をアニャが放つ。
「そういえばお父様、火薬を使った開墾は、お祖父様に禁じられていなかった?」
アニャの言葉に対し、マクシミリニャンは明後日の方向を向く。そして、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、己の主張を口にした。
「もう、義父はこの世におらぬ」
現在は、マクシミリニャンがルールというわけだ。
「義父は、火薬を扱ったことがないゆえに、不安に思っていたのだ。正しい方法を知っていれば、なんら危険ではない」
「なんで、お義父様は火薬の扱いを知っているんだ?」
口にしてから、「しまった」と思う。マクシミリニャンの素性について、聞かないようにしていたのに。
マクシミリニャンとアニャが同時にこちらを向き、山で出会った熊の親子のように目を丸くしていた。……いや、熊の親子なんて見たことないけれど。
「我は、元軍人故、火薬の扱いに慣れておるのだ」
「そ、そっか~~~」
マクシミリニャンの秘密を、聞いてしまった。気にしないように、ずっと努めていたのに。
俺が知ってしまったから何か思うことはないけれど、マクシミリニャンは知られたくないような内情だろう。
「じゃあ、木を伐る?」
「そうだな」
開墾が始まる。アニャは石や枝拾いをする。俺は、比較的細い木を伐り倒すよう命じられた。マクシミリニャンは、大きな木の攻略に取りかかるらしい。
日が暮れるまで、木と格闘した。
アニャは途中で戦線離脱し、夕食を用意してくれたようだ。
あっという間に一日が終わる。
◇◇◇
蜜蜂の採蜜がもっとも盛んなシーズンになる。
この時季は、巣箱から蜜が流れ出ていないか目を光らせていないといけない。
巣箱の状況をしっかり把握し、必要であれば蜜枠を追加したり、継箱を増やしたりする。 他にも、病気が発生していないか、雄蜂が増えすぎていないかも確認しなくては。
アニャと分担して巣箱のある場所を回ったので、手早く仕事を終えることができた。
センツァと共に山を下っていたら、可愛らしい花がちらほら咲いているのを発見した。
白い花弁に中心が黄色い花。名前は、デイジーだったか。実家の女性陣に人気だった花だ。
白いデイジーの花言葉は、“無邪気”だと義姉が言っていたような気がする。
まるで、アニャみたいな花だ。
摘んで帰ろうと思い、センツァを止める。
プチプチ摘んでいたら、その隣でセンツァがデイジーを食べ始める。
「センツァ、ソレは食べてもいいけれど、その辺に自生している薄紅色のデイジーは毒だから、食べるなよ」
そんなことを話しつつ、デイジーを摘んだ。
花束に結ぶリボンなんてないので、その辺の草を引き抜いて括っておいた。
帰宅後、洗濯物を取り込んでいるアニャに、デイジーを持って行く。
きょとんとした顔をしながら、彼女は思いがけない質問を投げかけてくる。
「イヴァン、これ、食べられるお花だったっけ?」
「違う、違う。アニャにお土産」
「え、あ――わ、私に!? 嘘、すごく嬉しい!」
笑顔で受け取ってくれたので、ホッとした。
「びっくりした。食べ物判定されたから」
「だって、お花なんて、もらったことがないんですもの!」
こんな可愛いアニャに、花を贈らないとは世界中の男はいったい何をしているのか。
そう、訴えて回りたい。
デイジーを一本引き抜き、アニャの耳に差してみた。
彼女の金色の髪に、清楚な白いデイジーはよく似合う。思わず、率直な感想を口にしてしまった。
「うわっ、はちゃめちゃに可愛い!」
そう言った瞬間、アニャは頬を真っ赤にさせる。
照れるアニャは、世界一可愛いと改めて思った。