養蜂家の青年は、思いがけない提案を受ける
ツヴェート様は特製のチキンスープでもてなしてくれた。野菜もたっぷり入っていて、すばらしくおいしかった。
「遠慮なんてしないで、たっぷりお食べよ」
「ありがとうございます」
夕食後は、俺にどの色が似合うのか、ツヴェート様が染めた布を合わせては変え、を繰り返していた。
正直、自分にどんな色が似合うとか、気にしたことがなかった。
けれどアニャが楽しそうだったので、だんだんと興味が湧いてくる。
長椅子の上に山のように布を積み上げ、アニャは一枚一枚肩に当てて見つめていた。
「そのうち冬の服も仕立てたいから、いろいろ考えておかなくちゃ」
「そうだね」
「お父様の服も、新しく作る必要があるわね」
話しているうちに、アニャの瞼はだんだんと重くなり、こっくり、こっくりと船を漕ぎはじめた。
早朝から山を下り、一日中買い物をしたのだ。疲れたのだろう。
「アニャ、もう眠る?」
「まだ……イヴァンと、お話し、したいわ」
「明日にしようよ」
「あと少しだけ」
そう言ったきりアニャは俺の肩に体を預け、眠ってしまった。
ここで、風呂上がりのツヴェート様がやってくる。
「客の寝室は、こっちだよ」
アニャを横抱きにし、ツヴェート様のあとに続く。
案内された部屋は、二台の寝台が並んでいた。窓から月明かりが差し込む。今日は満月なので、外は明るく感じた。
「ゆっくりお休みよ」
「ツヴェート様、ありがとう」
扉はパタンと閉められる。
アニャを寝台に下ろすと、眉間に皺をぎゅっと寄せていた。
「ん……イヴァン、行かない、で」
「どこにも行かないって。ずっと、アニャの傍にいるから」
どんな夢を見ているのか。目にかかっていた前髪を横に避け、頬にそっと触れる。すると、幸せそうな寝顔を見せてくれた。
しばらくアニャの寝顔を見つめていたが、満足したのでもう片方の寝台に寝転がろうとした。
だが、アニャが上着を掴んでいて、身動きが取れない。
「ちょっ、アニャ。アニャさん!」
手を外そうとしたが、なかなか離れない。
「困ったな」
寝台は大きく、一緒に眠れなくもない。アニャは手を離しそうにないので、一緒に眠ることにした。
ひとり用の寝台なので、家にあるものよりもいささか窮屈である。アニャを傍に抱き寄せ、胸の中に抱くような姿勢で眠ることにした。
アニャの温もりのおかげか、すぐに眠りに落ちてしまった。
翌朝――アニャがモゾモゾ動いていたので目覚める。
「アニャ……?」
「イヴァン! ど、どうして、くっついて寝ているの?」
起きたばかりで、頭が働かない。適当に答えてしまう。
「アニャと、一緒に眠りたかった、から」
「そ、そうだったのね。まあ、別にいいけれど」
まだ、外は真っ暗だ。もう少しだけ、眠っていてもいいだろう。
アニャを引き寄せ、背中をぽんぽん叩く。
「ちょっと、私を寝かせようとしていない?」
「アニャ、いいこ、いいこ。あと少しだけ、おやすみ」
久しぶりに二度寝を行った。幸せなひとときである。
◇◇◇
朝からツヴェート様の仕事を手伝う。
草花を入れた大鍋を炊き、布を煮込むのだ。鍋の中の布は、紫色に染まっていく。
「イヴァンや。その鍋に頭ごと突っ込んだら、一生顔が紫色に染まるからな」
「怖っ!!」
ツヴェート様は快活に笑う。こんなふうに話しながら、せっせと働いた。
草木染めは意外と力仕事である。ツヴェート様が力強かった理由を、ここで知ることとなった。
朝食はアニャが用意したようだ。
蕎麦団子のスープに、チーズ入りのオムレツ、それから黒麦パン。
どれもおいしかったが、食べ過ぎないようにしなければ。これから、山を登るのだ。考えただけで、うんざりしてしまうが、アニャと一緒ならばなんとかなるだろう。
朝食後、アニャは追加で布や糸をツヴェート様から購入していた。
「あと、お花の種を分けてもらえるかしら?」
「何の種がいいんだい?」
「そうね。今から種を植えるから、ひまわりがいいかしら」
アニャは手を大きく広げて、たくさん欲しいとツヴェート様に訴える。
花の種は外にあるらしい。外に出て、小屋の前で待機する。
「ねえ、イヴァン。ひまわりのお世話、したことある?」
「あるよ。実家の花畑でも、ひまわりの蜂蜜を作っていたから」
「よかった」
ツヴェート様は麻袋いっぱいに入ったひまわりの種を持ってきてくれた。
それをアニャは笑顔で差し出しながら、思いがけない提案をしてきた。
「このひまわりを育てて、蜂蜜を採りましょう」
「え?」
「イヴァンが街でしていたような方法で、花畑を作って蜂蜜を採るの」
「俺が?」
「そうよ。まずは開墾――木を切り倒すところから始めるから、大変だろうけれど」
アニャはひまわりのような微笑みを浮かべて言った。
「私、イヴァンが作った花の蜂蜜を、食べたいの。だから、頑張りましょう」
アニャの言葉を聞き、空を仰ぐ。泣きそうになってしまった。
ずっと、欲しくて欲しくてたまらなかったものを、アニャは作ろうと提案してくれる。
アニャの気持ちが、死ぬほど嬉しい。
胸がぎゅっと、締めつけられるようだった。
「アニャ……ありがとう」
涙を我慢しつつ、感謝の気持ちを伝えた。