表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/156

養蜂家の青年は、山羊の乳搾りを手伝う

 おやつの時間が終わると、今度はアニャの作業を手伝うこととなった。


「山羊のお乳の様子を調べたいから、ついてきて」

「了解」


 子育てのシーズンに、母山羊が病気になることがあるという。

 乳から細菌が入り、異変が起こるものらしい。

 病気に罹った母山羊のミルクを、子山羊が飲んだら大変なことになる。


「たいてい、乳の張り具合でわかるのだけれど、たまに見た目だけではわからない子がいるから、ミルクを搾って確認するの」

「そうなんだ」


 放牧しているのは、子育てしていない山羊だけらしい。子山羊は他の獣の標的にされてしまうからだという。

 母山羊と子山羊の運動不足は、昼間に軽く野山を歩かせて散歩をして解消しているようだ。


「イヴァンは山羊の乳搾りってしたことある?」

「いや、ない。爪切りの手伝いや、小屋掃除はあるけれど」


 近所の畜産農家に手伝いに行っていた話をする。


「山羊に蹴られて、服が破れた日もあった」

「まあ、大変だったのね」


 アニャは言う。人間にも気性の荒い者が時折いるように、山羊にも性格が荒い者がいると。


「みんながみんな、そういうワケではないから、山羊を嫌いにならないでね」

「うん、わかった」


 まず、小屋に到着すると、子山羊を押さえているようにと命じられる。

 子山羊はぴったりと母山羊について回るので、邪魔になるようだ。

 アニャは慣れた手つきで母山羊の首に縄を結び、引っ張って小屋の外に連れて行く。

 子山羊がめーめー鳴くので、なんだか悪いことをしている気分になった。


 小屋の外に、乳搾りを行う柵がある。山羊一頭がすっぽり収まるようなシンプルな柵だ。 柵に縄を縛ったあと、アニャは石鹸で手を洗う。


「ここでしっかり洗っておかないと、山羊の乳房に細菌が入ってしまうの。人間の介入で山羊が病気になってしまうのは、あってはならないことよ」


 続いて、湯がいて煮沸消毒させた布を温かいまま絞ったもので乳や乳房を拭くらしい。

 アニャが平然とした表情で布を絞っていたので、同じように触れたらあまりの熱さに悲鳴をあげてしまった。


あっつい! アニャ、よくこれを絞れるね」

「慣れよ」


 マクシミリニャンと同じことを言うので、笑ってしまった。

 指摘すると、アニャは「お父様が真似をしたのよ」と言葉を返してくる。


 山羊の乳を消毒させたあと、やっと乳搾りに移る。

 乳を手のひらで優しく包み込むように、人差し指から順番に握っていくらしい。すると、山羊のミルクが出てくる。


「うん。この子は、問題ないようね」


 乳房の確認は毎日行うという。ミルクについては、週に一度らしい。

 子を持つ母山羊全頭の乳搾りを行った結果、けっこうな量のミルクが採れた。


「病気になっている場合は、ミルク自体も臭くなるの。どう?」


 差し出された山羊のミルクは、ほんのりと甘い匂いを漂わせていた。


「いい匂い」

「でしょう? イヴァンは、山羊のミルクは好き?」

「うーん。臭みがあって、苦手かも」


 普段、クセのない牛乳ばかり飲んでいたので、ついつい比べてしまうのだろう。

 アニャには言えないが、最初に山羊のミルクを飲んだとき、あまりの獣臭さに吐き出してしまった記憶が残っている。

 二度と口にしないと思っていたが、空腹がその決意を薄れさせてくれたのだ。

 分けて貰った山羊のミルクを飲んでいるうちに、獣臭さは慣れてしまった。かといって、好んで飲むわけではない。生きるために、俺は山羊のミルクを飲んでいたのだ。


「ここの山羊のミルクは、そこまで臭くないわ。クセについては、否定できないけれど」

「臭いは、何か特別な処理とかしているの?」

「特別というか、ミルクはすぐに山羊や小屋から離して、加工するようにしているわね。山羊のミルクは、周囲の臭いを吸収してしまうの。臭いミルクは、小屋の近くに放置する時間が長かったものじゃないの?」

「あー、なるほど」


 たしかに、知り合いの畜産農家のミルクは、朝搾ったミルクを、昼間に殺菌処理するとかなんとか話していたような。その間に、山羊の体臭などを吸収していたのかもしれない。


 山羊のミルクを、台所へと運ぶ。

 まずは、搾りたてのミルクを殺菌するらしい。大鍋に湯を沸かし、湯に三十分ほどミルクを注いだ鍋を浸けるのだという。

 殺菌処理が完了したら、カップに注いだ山羊のミルクが差し出された。

 これまで飲んだこともないような、新鮮なミルクである。どきどきしながら、カップに口を付けた。


「え、嘘。すごくおいしい」


 もう一度飲んでみる。獣臭さはないし、あっさりしていて優しい甘さが口の中に広がった。


「知らなかった。山羊のミルクがこんなにおいしいなんて」

「でしょう?」


 アニャは自慢げに、にっこり微笑む。


 これらの山羊のミルクは、一晩置いてチーズやバターに加工するらしい。

 山暮らしに欠かせない、栄養満点の乳製品を作るという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ