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養蜂家の青年は、昼食に舌鼓を打つ

 家に戻ってくると、フリルたっぷりのエプロンをかけたマクシミリニャンが待ち構えていた。


「昼食の準備が、できておるぞ」


 母屋の前に敷物が広げられており、マクシミリニャンが作ったであろう料理が並べられている。

 中心にどん! と置かれているのは、鶏の丸焼きだ。昼から豪勢なものである。

 マクシミリニャンは誇らしげな様子で、丸焼きをどうだと指し示していた。


「ごちそうだね」

「イヴァン殿の歓迎の意を込めて、作ったのだ」

「わー……」


 まだ婿になると決まったわけではないのに、気前がいい。

 大事な鶏だろうに、捌いてよかったのか。チラリと、横目でアニャを見る。


「イヴァン、あなた、ガリガリだから、たくさんお食べなさいな」

「あ、うん。ありがとう」


 できたての料理を前にたくさん食べろとか、言われたのは生まれて初めてだ。

 なんだか、不思議な気分になる。


「どうかしたの?」

「ふたりとも、優しいなと思って」

「これくらいで優しいとか、あなた、どんな環境で育ってきたのよ」

「普通の環境だと思うけれど」


  いや、父はいないし、家族は大勢いるし、殴る兄はいるし。ぜんぜん普通ではない。


「ごめん。あんまり、普通じゃなかったかも」

「でしょうね。この家では、お腹いっぱい食べることが普通だから、覚えておきなさい」

「わかった」


 マクシミリニャンはナイフで鶏の丸焼きを解体している。

 アニャは薄く焼いた小麦粉の生地に、鶏を乗せて巻いていた。


「はい、どうぞ」


 どうやら、アニャは俺が食べる分を作ってくれていたようだ。こうやって、食事の世話をされるのも初めてである。


「ありがとう」


 受け取って、食べる。

 小麦の皮はもちもちとした食感で、香ばしく焼かれた鶏の皮はパリパリ。肉はやわらく、噛むとじゅわっと肉汁があふれた。塩、コショウ、香草で味付けされていて、それが鶏肉の味を引き立ててくれる。


「イヴァン殿、どうだ?」

「すごくおいしい」


 そう答えると、マクシミリニャンとアニャは笑顔になった。

 ここは、天国なのか。

 至れり尽くせりなので、そんなふうに思ってしまう。


「イヴァン、あなた、変なことを考えていない?」

「考えていたかも」


 天国だと思ったことを告げると、アニャに呆れられてしまった。マクシミリニャンは、若干涙ぐんでいる。


「本当に、いったいどんな環境で育ってきたのよ」

「イヴァン殿、たらふく食べてくれ」

「うん、ありがとう」


 小麦の生地に包むのは、鶏肉だけではない。酢漬けのキャベツザウアークラウトや、練った蕎麦ジガンツィー、ベリージャムなども用意されていた。


「オススメは、ベリージャムにちょっとだけ塩を混ぜたものを、鶏肉と合わせるの」


 アニャのオススメはおいしいとは思えなかったが、騙されたと思って食べてみる。


「え、嘘! おいしい!」

「でしょう?」


 ベリージャムは酸味が強く、塩を加えると肉料理のソースみたいになる。これが、鶏肉と信じられないくらい合う。


 勧められるがままにどんどん食べていったら、鶏の丸焼きはあっという間に骨だけになった。


「この骨は、夜のスープのダシに使うの」

「無駄な部位はないと」

「ええ、そうよ」


 それにしても、食べ過ぎたような気がする。

 お腹がいっぱいで、動けそうにない。

 満腹状態がこんなに苦しいなんて。慣れない過食で、胃腸の辺りが悲鳴をあげているような気がした。


 それなのに、アニャが作ったリンゴの蜂蜜漬けをペロリと食べてしまった。


「リンゴは、胃腸の調子を整えてくれるの。蜂蜜は言わずもがな、疲労回復や、美肌効果もあるのよ。しっかり食べておけば、顔の腫れもよくなるから」

「なるほど」


 今、もっとも必要な食後の甘味だったらしい。しばらくしたら、元気になると。


「それまで、ゆっくりしましょう」


 みんなで、太陽の光をさんさんと浴びながら、ぼんやりする時間を過ごす。

 なんて贅沢な時間の使い方なのか。


「いつも、昼食は外で食べているの?」

「ええ、今はだいたい外ね」

「どうして?」

「太陽の光を浴びると、長生きすると言われているからよ。ねえ、お父様?」


 マクシミリニャンは深々と頷く。


「太陽の光の浴びすぎは注意だけれど。昼食を食べてゆっくりするくらいならば、問題ないわ」

「へえ、そうなんだ」

「さすがに、真夏のジリジリとした太陽は浴びないけれど。こういうのは、嫌い?」

「大好き」

「でしょう?」


 お腹がいっぱいだからか、なんだか眠くなる。

 マクシミリニャンが膝をぽんぽん叩きつつ、眠くなったら枕にしてもいいと言ってくれたが、丁重にお断りをした。


 ◇◇◇


 昼からは、マクシミリニャンについて行って、山での仕事を手伝う。


「薪に使う木を、回収に行く」

「了解」


 冬の間に木を伐り、その場に放置して春まで乾燥させるらしい。

 現場に到着すると、見事に大きな木が倒れていた。


「これを、一人で運ぶつもりだったの?」

「ふむ、そうだな。縄で縛れば、運べないこともない」

「ええー……」


 大人五人がかりでも、苦労しそうな大木に見えるが。山の男は、とんでもなく力持ちなのかもしれない。


「これを、今から川に運ぶ」

「川!?」

「ああ。川に一ヶ月ほど浸けて、樹液を洗い流すのだ。そうすると、乾燥させる期間が短くて済む」

「そうなんだ」


 暖炉で使う薪は、約二年間乾燥させる。川で樹液を洗い流すと、それよりも短い期間で乾燥するらしい。


 山暮らしの知識に、舌をまいてしまった。

 

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