コミカライズ第1巻発売記念SS ギモーヴを作ろう!
今日も今日とてアニャは朝から晩まで一生懸命働いている。
そんな彼女を労うような品物を贈りたい。
髪を結うリボンだったり、胸を飾るブローチだったり、アニャに贈りたいと思う品は山のようにあるのに、買いに行く暇がなかった。
お義父様と離れで晩酌する中、どうしたものかと相談を持ちかけたら、思いがけないアイデアを提供してくれた。
「ならば、ギモーヴを贈るのはどうだろうか?」
「ギモーヴって何?」
「異国の地より伝わった、マシュマロに似ている、女性に愛されている菓子だ」
マシュマロと聞いたら、ギモーヴがどんなお菓子が理解できた。
作り方については想像できない。晴天の雲を千切って作っているのだ、と聞かされたら信じてしまうくらいである。
「ギモーヴは特別思い入れがある菓子だな」
なんでもアニャのお母さんも好物だったようで、お義父様は何度か作ったことがあったらしい。
「でも、よくそんなお菓子の作り方を知っていたね」
「村に買い付けにいったときに、菓子職人がギモーヴを売りにきていてな。蜂蜜と交換で、作り方を教えてもらったのだ」
「そうだったんだ」
ギモーヴはアニャのお母さんとの思い出深いお菓子で、亡くなってしまった悲しみがぶり返してしまうから、長年作っていなかったらしい。
「そんな大切なお菓子のレシピを、俺に教えてもいいの?」
「もちろんだ。アニャに何かしてやりたいと聞いて、昔の自分を見ているようで、嬉しかったぞ」
そういうふうに言ってくれると嬉しいものだ。
お義父様は心が温かい人で、たまに本当のお父さんなのではないか、と錯覚してしまうくらいである。
「では、これからこっそり作ってみようか」
離れにはちょっとした調理場がある。ギモーヴくらいならば、作れるようだ。
お義父様とお揃いのふりふりエプロンを身に纏い、調理を開始する。
「まず、材料だが――」
山羊のお乳に顆粒砂糖、アオイ根の澱粉、水、バニラビーンズ、トウモロコシ粉、粉砂糖。
「それから、蜂蜜を使う!」
この蜂蜜が、おいしさの秘密らしい。
「鍋に山羊の乳と顆粒砂糖、蜂蜜を火にかけ、鍋から噴きこぼれないように煮るのだ」
続いて、水に溶いたアオイ根のデンプンを入れ、泡立て器で混ぜていく。
型に生地を流し込み、半日ほど寝かせる。
「ということは、完成は明日になるんだね」
「そうだな。昼間、こっそり抜け出して、残りの工程と味見をしてみよう」
「わかった」
そんなわけで、計画していたとおり、アニャの目を盗んでこっそり離れに行き、ギモーヴ作りを再開させる。
昨晩、どろどろだった生地は、きれいに固まっているようだった。
「生地を型から外し、トウモロコシ粉と粉砂糖を混ぜて作った打ち粉の上に置いて、カットしていくのだ」
ナイフで一口大に切り分けたら、ギモーヴの完成である。
「これがギモーヴなんだ! ふわふわしていて、雲みたい!」
「そうだろう? 食感も雲のようだから、ぜひとも食してくれ」
さっそく、ギモーヴをいただこう。
摘まみあげると、想像以上のやわらかさに驚く。
「うわー、ふわふわだ!」
崩れないうちに、急いで頬張った。
初めての食感に驚く。
しっとりやわらかで、噛んだらむぎゅっとした食感だった。
蜂蜜の優しい甘さがあって、とってもおいしい。
「イヴァン殿、どうだ?」
「最高! アニャも大好きだと思う」
「そうか、よかった」
作り方はしっかり頭に叩き込んだので、休憩時間にギモーヴ作りを行った。
今から作ったら、夜には渡せるだろう。
そんなこんなで完成させたギモーヴを、アニャへ贈ることにした。
夜――髪の毛を梳り終えたアニャの前に、ギモーヴを差しだした。
「アニャ、これ、プレゼントだよ」
「あら、ありがとう」
何かしら? と言って不思議そうに眺めるアニャに紹介する。
「これはギモーヴっていうお菓子だよ」
「ギモーヴ? 初めて聞くわ」
「お義父様から作り方を習ったんだ。最近、アニャはお仕事を頑張っているでしょう? 何か贈りたくて、用意したんだ」
「イヴァン、ありがとう。昼間、お父様と何やらコソコソしていると思っていたら、これを作っていたのね」
アニャの目を盗んで完璧に用意したと思っていたのに、バレバレだったようだ。
「さっそく、いただくわね」
「どうぞ」
ギモーヴを摘まんだアニャは、あまりのやわらかさに驚いているようだった。
崩れないように急いで頬張ったようだが、口に入れた瞬間、彼女の瞳に星が生まれ、キラキラと輝いた。
「イヴァン、このお菓子、とってもおいしいわ!」
お口に合ったようで、何よりである。
よほど気に入ったからか、あっという間に食べてしまった。
「もうなくなってしまうわ」
「また、アニャのために作るから」
「イヴァン、ありがとう」
優しいアニャは、最後のひとつを俺に食べさせてくれた。
なんて幸せな夜なのか、と改めて思ってしまったのだった。




