番外編 アニャとイヴァンのお薬ごはん
季節は秋となり、冷たい風が吹くようになった。
朝、ほかほかの布団から起きるのが辛くもなる。
気合いを入れて起き上がろうとしたら、アニャは俺の服の裾を掴んで眠っているのに気づく。
天使のような寝顔を見せつつ、そんなことをするのだ。
まるで、このままぬくぬくお布団で眠ろう、と誘っているかのよう。
「う~~ん」
アニャも「イヴァン、早く眠ろう」と言っている――なんて、楽しく現実逃避をしている場合ではなかった。
上着を掴むアニャの手をそっと解き、起き上がる。
気持ちよさそうに眠るヴィーテスを跨ぎ、衣服を収納している箪笥に手を伸ばす。
今日は寒いので、毛糸の服を選んだ。
まだ外は暗いが、時間的には早朝である。
火を点した角灯を手に外に出た。
畑がある辺りに、ぼんやりと灯りが見える。きっとツヴェート様だろう。
マクシミリニャンも早いが、それ以上にツヴェート様も朝起きるのが早いのだ。
「ツヴェート様、おはよう」
「ああ、おはよう」
朝から畑の周囲に植えた花に、水をやっていたらしい。虫除けのために植えている花々で、害虫から野菜を守ってくれるのだ。
「今日辺り、ニンジンを収穫しないとだねえ」
「大きく育ってそうだから、楽しみだな」
「ああ、そうだね。採れたニンジンで、ケーキを作ってやるから」
「やった!」
「仕事、頑張るんだよ――ゲホゲホゲホッ!!」
「ツヴェート様!?」
慌てて背中を摩る。腰に吊していた蜂蜜水を入れた水筒を差し出したが、受け取ってもらえなかった。
落ち着いたあと、声をかける。
「ツヴェート様、今日はゆっくり休んだほうがいい」
「何を言っているんだい! 今日はニンジンの収穫で忙しいって話したばかりだろうが」
ひと息で言ったあと、再び咳き込む。
二回目に差し出した水筒は受け取ってもらえたので、ホッと胸をなで下ろした。
「あたしは大丈夫だから、さっさと家畜たちに餌をやりに行くんだよ」
「う、うん」
シッシと追い払われるようにその場を去る。
家畜に餌を与えたあと、しょんぼり歩いていたら、マクシミリニャンが声をかけてきた。
「おお、イヴァン殿、おはよう」
「おはよう」
「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「あ――えっと、俺じゃなくて、ツヴェート様の具合がよくないんだ」
一連の事情を話すと、マクシミリニャンは眉尻を下げる。
「実は我も、似たようなことがあって」
それは一ヶ月前のこと。ツヴェート様の顔色が悪かったので、休むように声をかけたようだ。しかしながら、大丈夫だと言って聞き入れてもらえなかったらしい。
「結局アニャに頼んで、どうにかしてもらったのだ」
「そうだったんだ。ありがとう。アニャに相談してみるよ」
本日、アニャは朝食当番だ。そろそろ起きて準備をし始めることだろう。
ちょうど、エプロンをかけてやってきたアニャを発見する。
「アニャ~~!」
「イヴァン、どうしたの?」
「ツヴェート様が~~、ツヴェート様が~~!」
事情を話すと、大丈夫だと言われた。
「ツヴェート様は自分で薬を煎じることができるの。たぶん、イヴァンに言われたあと、きちんと薬を飲んでいるはずよ」
「そっか。でも、心配だな」
「わかるわ」
「心配しかできないなんて、ふがいない」
「だったらイヴァン、一緒に〝薬食〟を作りましょう」
「やくしょく、って何?」
「お薬みたいな食事のことよ。ツヴェート様は咳をしていたのよね?」
「うん」
「だったら、咳を止める食事を用意するわよ」
「わかった」
咳を止めるのにうってつけの食材があるらしい。
「それは、これよ!」
アニャが食品保存庫から取り出したのは、大きなカボチャだった。
「カボチャは粘膜の乾燥を防いで、喉の保護機能を高めてくれるの」
喉を潤し、咳を鎮める効果があるのだという。
「あとは、これね」
果物を入れているかごを引き寄せ、手に取ったのは梨である。
うちでは作っていないが、麓の村には梨農家がいる。つい先日、マクシミリニャンがたくさん貰って帰ってきたのだ。
「梨は咳を止める効果があるだけじゃなくて、痰を出しやすくしてくれるみたい」
「おお、梨にそんな力が……!」
カボチャと梨、ふたつの食材で薬食を作るという。
「イヴァンは梨のコンポートを作ってくれる?」
「了解」
砂糖で煮込むコンポートではなく、蜂蜜で煮込むようにと指示を受けた。
作り方は簡単である。
梨の皮を剥いて切り分け、蜂蜜とレモン汁を入れた鍋で煮込む。
梨にしっかり火が通り、くたくたになったら完成だ。
アニャはカボチャのポタージュを作ったようだ。
梨のコンポートはパンの上に置き、シロップを上からかける。
蜂蜜は咳を抑える効果があるので、ツヴェート様にぴったりな薬食というわけだ。
朝から働いていたので、お腹がぺこぺこだ。
皆、食卓に集まってくる。
ツヴェート様はまだ咳き込んでいるようだった。ツヴェート様と目が合ってしまい、若干気まずくなってしまう。
それに気づいたアニャが、声をかけてくれた。
「さあさ、みんな、食べましょう」
神へ感謝の祈りを捧げたあと、できたてほかほかな食事をいただく。
まずは、アニャ特製のポタージュから。
山羊の乳を使ったもので、濃厚な味わいだ。カボチャの甘さがほっこりした気分にさせてくれる。とてもおいしい。
続いて、コンポートを載せたパンをいただく。
梨はシャクシャクとした食感が少しだけ残っていて、蜂蜜で作ったからか甘ったるくない。パンにシロップが染み込んでいて、そこがまたおいしい。
ここで、ツヴェート様がまさかの発言をする。
「このパン、気に入ったよ」
お気に召してくれたようで、ホッと胸をなで下ろす。
食事を終えたあとのツヴェート様は、顔色がよくなっていた。アニャのほかほかポタージュのおかげだろう。
「そうそう。イヴァンや。朝から心配していたようだけれど、さっき、きちんと咳止めの薬を飲んでおいたから」
「そっか。よかった」
薬と薬食の効果が出たのか、ツヴェート様は咳き込むことなく、元気に一日を終えた。
養蜂家と蜜薬師の花嫁、番外編が発売しました。
Webで連載していたものに加筆と書き下ろしを加えた、読み応えたっぷりな一冊となっております。
シリーズ名:モーニングスターブックス
著者:江本 マシメサ
イラスト:笹原 亜美
定価:本体1,300円(税別)
四六 284ページ
ISBN 978-4-7753-2020-4
発行年月日:2022年07月09日
そして、養蜂家と蜜薬師の花嫁、コミカライズが決定しました!
詳しいことがわかりましたら、またお知らせします。
そして本日より、新連載が始まります。
『引きこもりな弟の代わりに男装して魔法学校へ行ったけれど、犬猿の仲かつライバルである男の婚約者に選ばれてしまった……!』という作品です。
https://ncode.syosetu.com/n0301hr/
弟の代わりに男装して通う魔法学校のライバルが、まさかの婚約者に!?
休日は貴族令嬢、平日は魔法学校の生徒という一人二役ラブファンタジーです。
どうぞよろしくお願いいたします。