番外編 イヴァンと毛刈りのシーズン
夏を前にすると、山羊の毛刈りシーズンとなる。
毎年、マクシミリニャンとアニャが力を合わせて行っていた。
俺がアニャと結婚してからは、ありがたいことに相棒を務めることとなる。
今年は二年目!
去年以上に山羊とは打ち解けているので、毛刈りの作業もスムーズに進むだろう。
山羊も暑い夏を迎える前にスッキリできるし、人間側も冬に備えて毛糸を用意できる。 それ以外にも理由があって、気温が上昇して山羊が汗を掻くと毛が皮膚から離れるので、刈りやすくなるようだ。……なんて話を、去年マクシミリニャンから聞いた。
まずは長い毛をはさみで切り、皮膚近くの毛は猛禽類のかぎ爪に似た道具を使ってこそぎ取る。
この皮膚に近い生えたばかりの産毛を毛糸にしたものが、高値で売れるようだ。
産毛は寒い地域に住む山羊にしか生えないという。山羊の体の不思議である。
山羊はみんな大人しかった。とってもいい子ばかりである。
ただ、上手に刈らないと、山羊は痛がるので、慎重に進めなければならない。
なんでも、山羊は毛質によってさまざまな使い道があるという。
「長くて太い毛はマットに、短くてやわらかい毛は赤子の上着に、細くて手触りのよいものはセーターにする」
「使い分けているんだね」
「そうだ」
刈り取った原毛は、ゴミや汚れが付着している。きれいに洗う必要があるのだ。
まずはぬるま湯で、そのまま放置する。すると、汚れがじわじわ滲み出て、泥水のようになるのだ。ぬるま湯が濁ったら捨てる。これを、三、四回ほど繰り返した。
続いて、湯に洗剤を溶かしたものを注ぎ入れる。もみ洗いすると毛が絡まって塊になってしまうので、すばやく押し洗いするだけだ。
この湯が、また熱い。
去年も「熱い! ものすごく熱い! 信じがたいほど熱い!」と叫びながら洗ったような気がする。
今年も同様に、叫んで気合いを入れながら洗った。
新しい湯を注いで毛を解していく。ここで、ゴミが残っていないか調べるようだ。
その後、脱水。絞るのではなく、両手で押して水分を除く。
マクシミリニャンがやるときれいに水分がなくなるのに、俺がやるとびしゃびしゃなのが情けない。もっともっと、鍛えなければならないのだろう。
目指せ、マクシミリニャンの筋肉! だ。
水を切った毛は、直射日光が当たらない、風通しのよい場所で乾かしておく。
一週間後――乾いた毛は次なる加工を行う。
足踏み式の紡毛機を使い、毛糸にするのだ。
マクシミリニャンは慣れた様子で、するすると原毛を毛糸にしていく。まるで、魔法使いのようだ。
見よう見まねでやってみたが、毛糸の縒りが均等にならず、不格好な毛糸となる。
これは職人のわざなのだろう。練習あるのみだ。
完成した毛糸は巻き取って、蒸し器で蒸すらしい。これをすることにより、よりが固定されるようだ。
大変な工程を経て、毛糸玉が完成したというわけである。
今年は毛糸を、ツヴェート様が美しく染めてくれた。
薄紅が少し色あせたような、エレガンスな色合いとなった。オールドローズという色合いらしい。
まだ夏真っ盛りだというのに、マクシミリニャンは編み物を始めた。もちろん、使うのは今年作ったオールドローズの毛糸である。
マクシミリニャンは子を産む母のような、慈しみに溢れる表情で編み物をしていた。
たぶん、アニャのためにセーターを編んでいるのだろう。暇さえあえば、熱心に編んでいた。
秋になり、すっかり肌寒い季節を迎える。
仕事から帰ると、マクシミリニャンから驚きの贈り物が差し出された。
「やっと、イヴァン殿のセーターが完成した。どうか受け取ってほしい」
「お、俺に!?」
オールドローズのセーターは、俺のために編んでくれていたようだ。
驚きながらも、手に取る。
信じがたいほどフワフワな手触りで、とても温かそうだった。
「いや、びっくりした。この色合いだから、アニャの分かと思っていた」
「最初から、イヴァン殿を思って編んでいた」
「えー、そうだったんだ。嬉しい!」
あの、赤子を慈しむような様子は、俺を思う表情だったようだ。
「この色、初めてなんだけれど、似合うかな?」
「ツヴェート殿が、絶対に似合うと言っておったのだ」
「そっか。だったら、大丈夫かな」
さっそく着てみる。
特に採寸などしていなかったのに、ぴったりだった。
「うわ、温かい! 色合いも、きれいだね!」
「うむ、よく似合っておるぞ」
ツヴェート様やアニャにも、似合っていると評判だった。
マクシミリニャンから心のこもった贈り物をいただいて、体と心が温まった日の話であった。