番外編 ツヴェート様とツンデレ野草
ツヴェート様と山を散策する最中で、タンポポを発見してしゃがみ込む。
「イヴァンや、どうしたんだい?」
「いや、山の中にタンポポが生えているのが、珍しいと思って」
通常、タンポポは野原などに自生している。斜面の多い山の中で見かけるのは稀だ。
山暮らしを続けるアニャにとってタンポポは珍しいと話していたのを思い出す。また、大好きな花だとも言っていた。
摘んで持って帰ろうかと腕を伸ばした瞬間、ツヴェート様に手を叩かれる。
「い、痛っ!」
「そんなに強くは叩いていないよ」
「なんか、衝撃を受けたら反射的に痛いって言ってしまうんだよね」
ツヴェート様はどうやら、口よりも先に手が出てしまうタイプらしい。
そんなことよりも、なぜ俺は叩かれたのか。
「それはタンポポではなく、ノゲシって言うんだよ」
「ノゲシ!」
タンポポだと思っていたものの、別の植物だったようだ。
たしかに、よくよく見たらタンポポよりも花が小さいのに、茎はしっかりしていて、かつ長い。葉の形状も、トゲトゲしていてタンポポとは異なる。
「ノゲシの花言葉を知っているかい?」
「知らない」
「教えてやろう。ノゲシの花言葉は――見間違わないで」
「うわー、すみません!」
おそらく、花の形がタンポポに似ているので、「見間違えないで」などという花言葉が生まれたのだろう。
ノゲシは生命力が強く、世界各地、どこでも咲いているらしい。
「冬はロゼットといって、葉を地面にぴったり張り付くように広げて、北風の抵抗を受けないような形に変化するんだ」
「なるほど。その形ならば、太陽の光をこれでもかって浴びることができるんだね」
「そうだよ」
越冬も可能とするノゲシはいかなる環境でも適応し、素朴で可愛い花を咲かせる。そんなノゲシのもうひとつの花言葉は、「憎まれっ子世にはばかる」らしい。
おそらく、農家にとっては厄介な野草なのだろう。
「ノゲシを見ていると、他人のようには思えないんだよ」
「トゲトゲしているところとか?」
「この子は!」
背中をバンバンと叩かれる。けっこう力がこもっていた。地味に痛い。
「ノゲシの葉はトゲトゲしているように見えるが、触れても痛くないんだよ」
「え、本当に?」
「触ってみな」
見た目は完全に、触れるとチクチクしそうだ。けれども、そんなことはないらしい。
こわごわと、葉に触れてみる。
「あ、本当だ! ぜんぜん痛くない」
「だろう?」
触り心地は、その辺に生えている草となんら変わらなかった。不思議な野草である。
トゲトゲしているように見えるけれど、実は優しい。本当に、ツヴェート様みたいだ。
「何を考えているんだい?」
「え!?」
「どうせ、ノゲシは本当に私に似ているとか考えていたんだろう」
「どうしてわかるの!?」
「あんたの考えは筒抜けなんだよ」
今度は頭をぐしゃぐしゃと撫でられてしまった。
ごめんなさいと謝るほかない。
「ただ、同じノゲシでも、オニノゲシは葉が厚く、棘も鋭くて触れたら痛い。注意することだよ」
「了解しました」
面白いものを見せてやると、ツヴェート様はナイフを取り出す。
ノゲシの茎を切ると、中は空洞になっていた。
「そういえば、タンポポもこんな感じだったような」
「だね。こうなっているのは、理由があるのさ」
ツヴェート様は料理に喩えて教えてくれた。
「パンとシュークリームの生地は、同じ大きさでも材料が異なるだろう?」
「シュークリームの生地は中が空洞だから、材料も、焼く時間も、パンに比べたら少なくて済むね」
「そう」
タンポポやノゲシも同じらしい。花を咲かせるのに必要な時間や力を必要最低限にしているので、いろんな場所で見られるのだという。
「あれ、ツヴェート様、ノゲシの茎の切り口から、なんか白い汁が出ているんだけれど」
「これは、乳汁だよ」
触れてもまったく問題ないという。その昔、ノゲシの乳汁を使って化粧水を作っていたらしい。
「へー、そうなんだ」
なんとこのノゲシ、食べられるという。
サラダにしたり、スープに入れたりと、調理法は多岐にわたるようだ。
「どんな味がするんだろう? なんだか、体によさそうに見えるけれど、苦そう」
「苦みはないよ。食べてみるかい?」
「食べてみたい!」
そんなわけで、食卓にノゲシが上がった。
サラダは生のまま食べるわけではなく、さっと湯がいて冷水に浸したものが出された。
マクシミリニャンやアニャにとっては、ノゲシは食べ慣れている野草だという。
「イヴァンは初めてなのね」
「そう」
さっそくいただく。
ツヴェート様は苦くないと言っていたが、全力で苦そうな見た目をしていた。
ドキドキしながら、アニャ特製のドレッシングがかけられたノゲシを口に運ぶ。
「――んん!? お、おいしい!!」
シャキシャキしていて、新鮮な葉野菜といった味わいだ。
噛んでいるとほんのり苦みを感じるが、いいアクセントになっている。
「山の片隅に生える野草が、こんなにおいしいなんて……!」
教えてくれたツヴェート様に感謝したのは言うまでもない。




