番外編 蜂蜜カフェを開こう 第四話
とうとう、蜂蜜カフェのオープン当日を迎えた。
アニャは厨房担当。俺は厨房と接客、ミハルは接客担当として働いてもらう。
果たして、うまくいくものかドキドキだった。
店内にはテーブルが四つ。ひとつのテーブルに座れるのは四人まで。
俺達の人数でさばける最大の席数を用意した。
「おうイヴァン、準備できているか?」
すっかり復活したミハルが、元気よくやってくる。
「お皿はきれいに洗ったし、テーブルクロスは皺ひとつないし、アニャは可愛い!」
「ちょっと、最後のは不要でしょうが!」
「いや、アニャさん。働く中で、妻が可愛いのは重要なんですよ」
「はいはい」
アニャに軽くあしらわれ、ミハルと共に笑ってしまった。
「そろそろ時間ね」
「うん……」
もしかしたら、客はそこまで来ないかもしれない。ドキドキしながら、オープンの看板を外に出した。
「あら、もう開店?」
「はい」
声をかけてきたのは、近所に住むご夫婦だった。
「お邪魔してもよろしいかしら?」
「話を聞いたときから、楽しみにしていてね」
「ああ、嬉しいです! どうぞ、いらっしゃいませ」
こんな感じで、あっという間に席が埋まる。
メニューは蜂蜜パンケーキ、蜂蜜蒸しケーキに蜂蜜プリン、蜂蜜焼きりんごに、りんごの蜂蜜パイ。
作り置きしていた蜂蜜蒸しケーキとりんごの蜂蜜パイは開店一時間で完売。残りのメニューでの勝負となる。
「イヴァン、蜂蜜パンケーキ三つ!」
「はいよー!」
接客に慣れているミハルがいて助かった。俺とアニャのふたりだけでは、とてもさばききれなかっただろう。
二時間経っても、まだまだ店内はお客さんでいっぱいだった。
「イヴァン、大丈夫か? 顔死んでいるぞ」
「顔というより、手が死んでいるかも」
りんごをくり抜く作業を二時間ぶっ続けで行っていたため、手の感覚があまりない。
アニャも心配し、代わろうかと声をかけてくれる。
「いや、アニャにこんな大変な仕事を任せるのはちょっと……」
「よし! だったら少しの間りんごをくり抜く作業を代わってやるから、イヴァンは接客のほうを頼む」
「ミハルーー、ありがとう! なんだか惚れそう」
「気持ち悪いことを言うな!」
ミハルに感謝し、接客のほうへと回る。
「店員さーん、注文いいかい?」
「はーい」
「パンケーキまだ」
「今すぐー」
接客も接客でけっこう大変だ。笑顔でこなしていたミハルは、やっぱりすごい。
途中で、昨日ミハルと揉めたお嬢さんが来ているのに気づく。
目が合い、お互いに「どうも」と会釈し合う。
いたたまれないような、申し訳ないような。そんな表情でいた。もしかしたら、彼女も昨日の発言は悪かったと思っているのかもしれない。
お客さんの入りもゆったりしてきた。そろそろミハルと交替してもいいだろう。
厨房に行こうとしたら、パリーンと皿が割れる音が聞こえた。
端のテーブルに座っていた観光客のおじさんが、うっかり割ってしまったようだ。
お酒が入っていたようで、なんとなく手つきが危ないなとは思っていたのだが……。
箒を握った瞬間、悲鳴が聞こえた。
「きゃあ!! なんてことですの!?」
「え、な、何事?」
近くに座っていたお嬢さんが、顔面蒼白状態で割れた皿を見つめていた。
「あの、どうかしました?」
「このお皿、入手困難な磁器ですの。それを、割ってしまうなんて、信じられませんわ!!」
「入手困難な磁器?」
皿はなんでも屋さんのご主人から借りたものだ。その中に、貴族御用達の高級磁器が混ざっていたと。
「金貨三枚だしても、買えるかどうかわからないものを、割ってしまうなんて」
お嬢さんの言葉に、おじさんがムッとしたようだ。
「うるせえな!! デタラメ言いやがって!! こんなの、大量生産されたそんじょそこらの皿だろうが!!」
「デタラメではありませんわ!! 価値の分からない人に、口出しされる筋合いはありません」
「なんだと!?」
おじさんが立ち上がり、お嬢さんへと接近しようとした。その時、間に割って入ったのはミハルだった。
「いやいや、落ち着いてください。お皿は、大丈夫ですよ。外でお話ししましょう」
そう言って、うまい具合におじさんを外へ連れ出す。その間に、割れた皿を片付けた。
ミハルはすぐに戻ってくる。
「ミハル、おじさんは?」
「帰ったよ」
「そう」
一緒にしゃがみ込み、割れた破片を拾う。
ミハルは皿の裏側を見て、ハッとなった。
「うわ、これ本当に貴重な皿だ」
「どうしてわかったの?」
「皿の裏に、いつ作ったかわかる刻印が刻まれているんだ。これは二百年前に輸入された、貴重なアンティークだな。磁器が好きな人からしたら、喉から手が出るほど欲しいってやつ」
「そうだったんだ」
席でしょんぼりするお嬢さんに、ミハルは声をかけた。
「あんたの見立て、間違いではなかったよ」
加えて、おじさんが迷惑をかけたと謝罪していた。
「それから昨日のことも――」
「昨日のことは、おあいこです。わたくしも、悪かったものですから」
「そうか」
なんとか解決したようで、ホッと胸をなで下ろした。
それから、ミハルはあのお嬢さんを食事に誘ったようだ。
彼女はアンティークに詳しいようで、話が盛り上がったらしい。
想像通り、お嬢さんは没落貴族の娘で、戦火を逃れてここへやってきたようだ。
商品の目利きができるというので、ミハルは店で働かないかと誘ったらしい。
ダメもとだったようだが、お嬢さんは「ぜひ」と言ったようだ。
そんなわけで、ミハルは美人なお嬢さんを連れて、笑顔で帰っていったというわけである。
「アニャ、なんだかあのふたり、お似合いかも」
「そうとしか見えないわ」
一年後――ミハルから結婚をするという連絡が届いたのは、また別の話である。