番外編 蜂蜜カフェを開こう 第二話
村に滞在する間、住人が退去した空き家で寝泊まりする。部屋の中は手入れが行き届いていた。
村長に挨拶したあと、しばし休憩する。一時間後にミハルがやってきた。馬車の停留所でアニャと共に迎える。
「おー、イヴァン。久しぶり!」
「ミハル、久しぶり」
心の友よ~~、と熱い抱擁を交わそうと思っていたのに、ミハルは伸ばした腕を回避する。
「ミハル、なんで避けるの?」
「俺達、これまで抱き合うような仲じゃなかっただろうが!」
「そうだったっけ?」
ミハルとの感動の再会はこれくらいにして。
「あ、そうそう。これ、お土産」
差し出されたのは、ホテルのクリームケーキだった。
「やった!」
「大好物だろう?」
「そうそう! よく覚えていたね」
「心の友だからな」
「さすがミハル」
アニャの提案で、仮住まいの家にミハルを招待する。一緒にクリームケーキをいただく。
久しぶりのクリームケーキは極上の味わいだった。
アニャは村の女性陣が開催する会合に出かけるらしい。ミハルとふたりきりになる。
扉が閉まった音が聞こえたあと、ミハルは実家の近況について教えてくれた。
「蜂蜜の味はマシになっているよ」
「よかった。気になっていたんだよね」
「サシャが頑張っているみたいだな」
「そっかー」
ロマナも、以前よりずっと元気になっているらしい。母とも面会しているようだ。
ミハルの母とうちの母は仲がいいので、いろいろ情報提供してくれる。
「ツィリルはずいぶんとしっかりしてきたなー」
「話を聞いていると、会いたくなる」
「今度、遊びに来いよ」
「そうだね」
会話が途切れたタイミングで、ミハルに問いかける。
「それで、ミハルは何かあったの?」
「あ、いやー、バレてた?」
「バレてた」
なんとなく、手紙からミハル自身に迷いがあるのではないかと、感じ取っていた。それは、彼と顔を合わせたら確信へと変わった。
「親と喧嘩したんだよ」
「珍しいね」
ミハルは両親と仲がいい。互いに意見を言い合うことはあっても、喧嘩はしていなかったはず。
「先月、親父が怪我してさ。まあ、全治一週間くらいの軽いやつだったんだけれど」
「それはそれは、大変だったね」
今は完治しているようで、ホッと胸をなで下ろす。
「親父の怪我がきっかけで、母ちゃんがなんか危機感を抱いたみたいで。俺に結婚しろとか言いだして」
命は限りあるものだ。いつなくなるか、わからない。
ミハルの母親は一家の存続を考え、ミハルに結婚を促したのだという。
通常、結婚相手は両親が話し合って決める。けれどもミハルは、十五歳のときに「花嫁は俺が探す!」と宣言していたらしい。親が勝手に決めた相手と結婚したくなかったようだ。
「なんていうかさ、うちの家業について考えると、愛想のいい明るい女がいいだろう? あとは、目利きができることも重要だ。誰にでも親切にできる器も必要だし、家の留守を任せられるくらいしっかりしている女がいい。これが最低限の条件だったんだが、どこにもいないんだ」
「だろうね」
ミハルの母親はすべて兼ね備えているから、そこらにいると思い込んでいたのだろう。
「だから、余所で探してくるよって叫んで、ここまで来たんだけれど」
「ミハルの条件を満たす女性は、いないと思うよ」
「うーむ」
ミハルの表情は暗い。ここにきて解決できるとは思っていなかったものの、俺からはっきり告げられてさらに落ち込んでいるのだろう。
部屋の中に閉じこもっていたら、気分が滅入る。
「ミハル、湖のほうへ散歩に行こう」
「え? ああ、そうだな」
美しい湖を眺めていたら、ミハルの憂鬱も軽くなるだろう。
ただの現実逃避かもしれないけれど。
ボーヒン湖は太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
「いやー、何が悲しくて、野郎と湖のほとりを歩いているんだか」
「いいじゃん、たまには。ミハル、水切りしようよ」
「えー、俺が勝っちゃうけどいいの~?」
「何その自信」
勝利へと導く石を探していたら、背後から女性の声が聞こえた。
「最悪! 信じられないくらい田舎ですわ!」
振り返ると、二十歳前後の女性が大股でこちらへやってくる。収穫祭でまとうワンピースをまとっているものの、訛りのない帝国語を喋り、気品ある雰囲気をこれでもかと漂わせていた。彼女の後ろから追いかけてくるエプロンドレスの女性は、きっと侍女だろう。
女性は俺達から離れた場所で歩みを止め、追いかけてきた侍女へ向かって叫んだ。
「こんな粗悪な服を着て、つまらない祭りを楽しめですって? ふざけていますわ!」
水切り用の石を選んでいたミハルがスッと立ち上がる。何を思ったのか、女性のほうへ歩んでいく。慌ててあとを追った。
「お嬢さん、その服は粗悪品なんかじゃない。もしかして、綿の服は初めて?」
「は?」
「絹の服が当たり前のお嬢さんからしてみたら、綿なんて粗悪品かもしれないけれど。庶民にとっては、上等な服なんだよ」
「この、ごわついた服が上等ですって?」
「そうそう。あと、田舎ってのも撤回してもらえると嬉しいな。この地で生まれて生活している人にとっては、田舎じゃないからさ」
ミハルの発言に、女性は明らかにムッとする。初対面の相手にかけていい言葉ではない。
けれども、物申したい気分は理解できる。
訪れた場所が田舎だと感じるのは、他に比較する土地があるからなのだ。
「あなた、いきなりなんですの?」
「いやー、聞き捨てならない発言が聞こえたもので」
「頭が高いですわ! 跪きなさい!」
「そんな趣味はないなー」
この辺で、ミハルの口を塞いでおく。
「あー、ごめんなさい。この人、むしゃくしゃしていて、お嬢様に当たってしまったんです。本当に、失礼しました」
ジタバタと抵抗するミハルを引っ張り、後退していく。
「あの、俺達、明日から食堂の二軒隣にある蜂蜜カフェというお店を開くんです。失礼な発言のお詫びに、パンケーキを食べにきてください」
返事を聞く前に、撤退する。ミハルの腕を掴み、全力疾走した。




