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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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番外編 ツヴェートとマクシミリニャンについて

 今日も、マクシミリニャンに対するツヴェート様の怒号が響き渡る。


「ちょっと! 気配を消して歩くのはお止めと、何回も言っただろう!?」

「集中しているようだったから、邪魔してはいけないと思い」

「違和感を覚えて振り返った先にあんたがいたら、寿命が縮まるんだよ!」

「す、すまない」


 いつもの光景だが、ポツリと呟いてしまう。


「いや、ツヴェート様、お義父様に当たりが強すぎるような……?」

「私が生まれる前から、お父様とツヴェート様はああらしいの」


 アニャは服をゴシゴシと洗いながら答える。アニャが差し出した洗濯物の水分を絞るのが、俺の仕事であった。


「何かあったの?」

「さあ? 何かあったって話は聞いていたけれど、詳しくは知らないわ」


 謎が深まる。

 我が家の七不思議となるだろう。そう思っていたが、状況は変わった。

 アニャが夕食のときに、ツヴェート様とマクシミリニャンに質問を投げかけたのである。


「お父様とツヴェート様って、どうしてそんなに仲がよろしくないの?」


 アニャの容赦ない質問に、ツヴェート様はキッと目つきを鋭くさせる。

 一方で、マクシミリニャンはしょぼんと背中を丸めた。


「そういえば、詳しい話はしていなかったね。この男の、とんでもない所業を」


 ツヴェート様はマクシミリニャンに、当時について語るよう命じた。

 マクシミリニャンはこっくりと頷き、涙目で話し始める。


「あれは二十年以上も前の話だったか。我は妻と共に亡命し、この国へとやってきた――」


 アニャのお母さんは病弱で、長い移動はできなかったらしい。移動は一日三時間までという、ゆっくり進む旅だったという。


「市場を歩いていたら、大柄の男が妻にぶつかってきた。彼女の私物を奪い、逃げ去ったのだ。妻は転倒し、怪我を負った。傷口から発熱し、全治までに一か月もかかったのだ」


 奪われた鞄には、祖国から持ってきたアニャのお祖母さんの遺品である首飾りが入っていたらしい。探したが、犯人は見つからなかったと。


「当時は戦時中で、国内の治安もよくなかった。大事な品を、手で持って歩くべきではなかったのだ……」


 以降、マクシミリニャンは警戒を強めたという。


「周囲の者達が皆、敵に見えてしまい、妻を守ろうという一心から我を失っていたように思える」


 最終的に辿り着いた土地は、山の麓にある村リブチェス・ラズ。

 美しいボーヒン湖を、アニャのお母さんが気に入ったらしい。

 ここでしばらく療養しよう。そう思い、村長に交渉を持ちかけた。

 村長の奥さんが、アニャのお母さんが憔悴しきっているのに気づき、ツヴェート様を呼んでくれたという。


「妻の寝室に入ると、ツヴェート殿が、その、妻の首を絞めているように見えた。そして、その――」


 言いよどんだ瞬間に、ツヴェート様が言葉を付け加えた。


「この男は、あたしを突き飛ばしたんだよ」

「お、お父様、酷いわ」

「本当に、すまないと思っている」


 ツヴェート様はアニャのお母さんの首に手をあてて、動脈の拍動を調べていたのだろう。それが、首を絞めているように見えてしまったと。


 マクシミリニャンの非道な行いに、アニャのお母さんも怒ったらしい。

 ツヴェート様に謝罪し、なんとか許してもらったようだ。


「まあ、よその国にやってきて、酷い目に遭って、気が昂ぶっていたのだろう。理解はできる」


 けれども、その事件以降もマクシミリニャンの態度は大きく変わらなかったという。


「村では何度も、男達と喧嘩になって、騒ぎを起こしていた。力がありあまっていたし、口喧嘩のさいも語彙が豊富だったものだから、負け知らずだったさ」


 どうしようもない。このままでは村から出て行ってもらうこととなる。

 困り果てていた村長に声をかけたのは、山に住む養蜂家だった。


「義父が我を引き取り、山へ隔離したのだ。そこで私は、養蜂を知った――」


 蜜蜂の世話をしていくうちに、マクシミリニャンは穏やかな心を取り戻していったのだという。

 半年後、アニャのお母さんも山での暮らしを始めたようだ。


「アニャが生まれてからは、さらに穏やかになっていって。でも、あたしはこの男が凶暴だった時代を忘れていないし、行いを許してはいない。今後も、何か大事なものを守るために、豹変する可能性だってある。だからあたしは、当時を忘れさせないように、厳しくし続けているのさ」

「なるほど。そんな事情が……」

「知らなかったわ」


 マクシミリニャンは自らの過去について黙っていたのを、後ろめたく思っていたのかもしれない。話し終わったあと、スッキリしたような表情でいた。


「我はツヴェート殿に怒られるたびに、過去の行いを思い出す。罪は一生消えない。記憶が甦るたびに、自分を恥じ、これからは正しく生きようと思い直すのだ」


 注意してくれる存在があるのはありがたいことだと、マクシミリニャンは言う。

 その通りだと思った。


「えー、以上である」

「今後も、あたしはこの男には厳しくしていくよ」


 アニャとふたり、マクシミリニャンをよろしくお願いしますと、頭を下げたのだった。


 

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