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番外編 トリュフ祭りに参加しよう 後編

 出発の朝――家族揃って見送りにきてくれた。

 心配なのか、口々に声をかけられる。


「イヴァン、知らない人についていったらダメよ!」

「イヴァン殿、無理な速度で走ったら転んでしまうからな」

「イヴァン、道に生えているよくしらない草は食べるんじゃないよ」


 まるで三歳児に言い聞かせるような言葉の数々であった。これも、家族の愛だろう。


「イヴァン、これ、ナイフ。昨日、研いでおいたから」

「アニャ、ありがとう」


 鞘から抜くと、刃はピカピカだった。アニャはナイフ研ぎの達人で、どんな刃でも切れ味抜群にしてくれる。

 マクシミリニャンも、何か差し出してきた。


「イヴァン殿、朝からパンを焼いた。道中で腹が減ったら食べるように」

「お義父様、ありがとう」


 受け取った包みは、ほんのり温かかった。


「イヴァン、これは昨日煎じた腹薬だ。もしも草を食べてしまって、腹を壊したときは飲むといいよ」

「道草なんて食べないけれど、一応もらっておく」


 ツヴェート様は俺のことをなんだと思っているのか。まあ、冗談だろうけれど。


「みんな、ありがとう。しっかり売ってくるから!」


 ずっしりと重い荷物を背に、山を下りる。

 サクサクとテンポよく下りたからか、いつもより早く麓に下り立つ。

 村に辿り着くと、いつも以上の賑わいを見せていた。

 広場には店がずらりと並び、大小さまざまなトリュフが売られている。


「おお、今年は大粒だな!」

「そうだろう、そうだろう」


 客が掲げたトリュフは、マクシミリニャンが採ってきたものよりも一回り小さい。

 この辺りで採れるトリュフと山のトリュフは違うというので、育った環境によって異なるのだろう。

 大きければおいしいというわけでもないし。


 トリュフ祭りの本部で、村長の手紙を示す。受付のおじさんは笑顔で確認してくれた。


「ああ、マクシミリニャンさんところの」

「そうです」

「お婿さんが来てくれたんだね」

「はい」


 ツヴェート様から村人に顔を見せるなと言われていたが、挨拶のときくらい帽子を外したほうがいいだろう。


「へえ、あんたいい男だねえ。この辺では見かけないレベルだよ」

「どうも」


 参加証を受け取り、決まったスペースに向かう。

 そこにはすでに日よけの幌と陳列台が用意されていた。両隣ではすでにトリュフや野菜などが売られている。

 トリュフの価格は家族で話し合って決めた。他店に比べて強気の価格だが、おいしさをわかってもらえたら売れるだろう。

 蜂蜜も並べておく。


「よう!」


 お客さんかと思って顔を上げたら、見知った顔であった。カーチャ――アニャに片想いをしていた青年である。


「あーどうも。アニャはいないよ」

「アニャ目当てじゃない! 俺も、その結婚したし」

「そうだったんだ。おめでとう」


 カーチャも家族と一緒にトリュフを売っているらしい。うちには敵情視察に来たようだ。


「お前んところ、結構大粒だな」

「みたいだね。お義父様が探し当ててくるんだよ」

「見事なもんだ」


 ただ、この価格では売れないだろうと言われてしまった。


「いじわるで言っているんじゃねえぞ。それより一回り小さなトリュフが、お前のところの価格の半額以下で売っている店がいくつもある」

「なるほど。教えてくれてありがとうね」

「別に、お前のために教えたわけじゃないし。帰ってから、ひとつも売れてなかったら、アニャが悲しむからな」

「そうだね」


 その優しさを、本人に見せていただきたかった……。


 気になることがあったので、質問してみる。


「さっきからお腹を撫でているけれど、痛いの?」

「あー、なんか、痛んだ魚を食っちまって」

「それはそれは」


 ちょうどツヴェート様から貰った腹薬があったので、カーチャに分けてあげた。


「いいのか?」

「どうぞどうぞ。ツヴェート様が煎じた薬だから、効くと思う」

「あ、ありがとう」


 その後、カーチャはうちの蜂蜜を三つも買って帰っていった。

 アニャ関連でいろいろこじらせている青年だったが、実際はそこまで悪い人ではないのだろう。


「さて、はじめますか」


 マクシミリニャンが焼いたバゲットを薄切りにし、黒トリュフのペーストを塗る。

 それを、道行く人に配るのだ。


「どうぞ、召し上がれ」

「いいのかい?」

「ええ、トリュフの試食です」


 試食はミハルの実家の商店で覚えた。店頭にテーブルを出し、商品を並べる。注目を集めるように、山積みするのがポイントらしい。お客さんが何かと寄ってきたら、商品を味見してもらう。想像の上をいくおいしさだったら、たいてい買ってくれるのだ。


「おお、これはおいしい。ひとつもらおう」

「ありがとうございまーす!」


 こんな感じで、順調に売れていった。二時間ほどで、トリュフは完売する。

 今度は蜂蜜を売るために、バゲットに塗ったものを食べてもらった。

 マクシミリニャン特製のパンがおいしいものだから、相乗効果となったのだろう。蜂蜜も早々に売り切れた。

 店じまいをしていると、声がかけられる。


「あなた、アニャの旦那ね」

「はい?」


 聞き覚えのある女性の声に、思わず顔をあげた。

 彼女はたしか、アニャと不仲な土産屋さんの若おかみ。名前はなんだったか。思い出せない。


「どうも、ごぶさたしております」

「ええ」

「アニャはいません」

「目的はアニャじゃないわよ」


 商品はすべて完売。見てわかるだろう。

 何をしにきたのかと首を傾げていたら、とんでもないことをおっしゃる。


「父が、あなたの顔を見てたいそうな男前と言っていたの。どの程度か、見せてみなさいよ」

「あ、いや、改めてお見せするような顔ではないので」


 受付のおじさんは彼女の父親だったようだ。どこで誰と繋がっているかわからないものである。


「つべこべ言わずに見せなさい!」

「ええっ……!」


 困った。本当に困った。

 どうしようかと迷っていたら、救世主が現れる。


「ノーチェ、お前、何してんだよ」

「カ、カーチャ!」


 救世主はカーチャだった。手を合わせ、感謝の祈りを捧げる。

 土産屋さんの若おかみことノーチェはみるみるうちに、頬を赤く染めていった。


「トリュフが欲しいんだったら、うちの店にこいよ。まだ残っているから」

「え、ええ」


 見事、カーチャはノーチェを連れていってくれた。途中で振り返り「薬ありがとうな。よく効いたよ」と言って去っていった。

 腹薬は効果があったようだ。さすが、ツヴェート様である。

 何はともあれ、カーチャのおかげで難を逃れた。


 翌日――帰宅する。売り上げを聞いた家族は大喜びだった。


「イヴァン、あんた、トラブルはなかったのかい?」

「とある女性に顔を見せろって言われたんだけれど、カーチャが助けてくれたんだ」

「へえ、あのカーチャが」


 アニャは本当かと、疑っているようだった。


「本当だよ。うちの蜂蜜も買ってくれたし」


 カーチャなりにいろいろ悪いと思って、誠意を見せてくれたのかもしれない。


「もしもアニャと喧嘩別れをしていたら、俺、大変な目に遭っていたかも」

「なんていうか、人間関係は穏便なままにしておくのが一番なのね」

「そうそう」


 自分が起こした行動は、巡り巡って自らに返ってくるのだろう。

 これからも謙虚に誠実に生きようと、家族と語り合ったのだった。

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