番外編 トリュフ祭りに参加しよう 前編
村長からマクシミリニャン宛てに手紙が届く。険しい表情を浮かべているので、何か悪い知らせなのか。
「お義父様、どうかしたの?」
「いや、可愛らしい便箋だったものだから、どこで購入したのかと気になっただけだ」
「あ、そうなんだ」
マクシミリニャンが嬉しそうに便箋を見せてくれる。愛らしいエーデルワイスの花が描かれていた。
こう見えて、マクシミリニャンは可愛らしいものが好きらしい。刺繍をするさいには、絶対に花模様をあしらう。
たまに、自分が着ている服に穴が空くと、花のアップリケで覆ったりしている。それを可愛いと褒めると、嬉しそうに微笑むのだ。
軍人時代は、厳つい服ばかりでつまらなかったと話す。
マクシミリニャンは乙女チックな趣味がある。フリフリエプロンも抵抗なく着用するわけなのだ。
それから、真顔に戻って手紙を読み始める。
「ふむ、なるほど」
「村長さん、なんだって?」
「なんでも、今月末にトリュフ祭りを開催するらしい。出店者が少ないものだから、参加してみないかと声をかけてくれたようだ」
トリュフは秋の宝石とも呼ばれ、高級食材として取り引きされている。
商人に買い取ってもらうとなると、手数料が取られる。しかしながら参加費無料の祭りに参加すると、商人の買い取り価格よりも高く売れるというわけだ。
トリュフ以外にも、販売していいらしい。
「お義父様、どうするの?」
「そうだな。うーむ、トリュフはそこそこの量を採っているものの、迷っておる」
冬支度をしなければいけない秋は大忙しだ。祭りに参加している暇などない。
「じゃあ、俺がひとりで売ってこようか?」
「よいのか?」
「任せて!」
そんなわけで、ひとりで山を下り、トリュフ祭りに参加することとなった。
秋の初めに採れた蜂蜜も鞄に詰めて、持って行く。
アニャが心配そうに声をかけてきた。
「イヴァン、大丈夫? ひとりで村まで行ける?」
「もう何往復もしているし、平気だよ」
「行きも帰りも、迷った時点で戻ってくるのよ。帰りは村長さんに道を聞いてきてね」
「わかった。ありがとうね。でも、村長さんが道を知っているなんて意外だな」
「まあ、そうね」
なんでも村長さんは若いころ、ここに遊びに来ていたらしい。アニャのお祖父様と親友だったようだ。もう山を登る体力はないようだが、道順はしっかり記憶しているという。
「遅くなったときは、無理して帰ってこなくてもいいからね」
「了解」
アニャと入れ替わるように、ツヴェート様がやってきた。何かと思いきや、とんでもないことを耳元で囁く。
「女遊びがしたいときは、絶対にアニャにバレないようにおやりね」
「ツヴェート様、俺がそういうことをする性格に見えたの?」
「疑い深い生き物なものでね」
ツヴェート様の亡くなったご主人は、それはそれはおモテになったらしい。
なんでも、ツヴェート様が忙しくしているときにふらっといなくなり、よその女性と現を抜かしていたなんて話は珍しくなかったようだ。
「俺はアニャ一筋だから」
「そういうことを言う男こそ、ちょっと優しくされただけの女にコロッと落ちるんだよ」
「そうなんだ」
ただ、稀に妻一筋の奇特な男もいるという。
「あいつ、マクシミリニャンだよ。意外とモテるようで、再婚の話は何回もあったんだ」
ツヴェート様が話を持ちかけたようだが、女性に会う前に断っていたらしい。
「もったいなかったねえ。いい娘が何人もいたんだが。中には、絶対にあの男がいいと熱望する女もいたんだよ」
「お義父様、かっこいいもんね」
マクシミリニャンは亡くなった妻に人生すべての愛を捧げたという。アニャのために母親が必要かもしれないと思う瞬間はあったものの、愛せない女性を家族として引き入れるのは残酷な行為だと思って止めたようだ。
「なんていうか、誠実だな」
「あたしは変態だと思ったけれど」
「はは、手厳しい」
俺もきっと、ツヴェート様の言う変態のひとりだろう。
生涯、アニャしか愛するつもりはないから。
「女遊びをする気がないのならば、村では悪い虫に気を付けるんだよ」
「悪い虫? 秋になったら何か虫が湧くの?」
「虫は比喩だよ。女のことだ。甘い蜜を見かけると、吸い寄せられてやってくるんだよ」
「俺が蜜なの?」
「そうだよ」
鏡で自分の顔をよく確認するように言われたものの、いまいちピンとこない。
「まあ、いい。とにかく、女絡みのトラブルには気を付けるんだ」
「了解です」
女性問題は、実家にいたロマナだけで十分だ。もう二度と、巻き込まれたくない。
ツヴェート様が帽子を被っていればいいというので、当日はその通りにしよう。