番外編 イヴァンのひまわり畑
春の忙しい時期を過ぎたころに、畑にひまわりの種を蒔く。
ひまわりは実家の花畑で栽培していたため、何をすればいいかは把握していた。
開墾地で、初めてのひまわり作りである。
畑から離れた場所に植えて、ひまわりの蜂蜜作りをするのだ。
念願が、叶ったのである。
まず、種まきから。
ひまわりは嫌光性種子。
発芽のさいに、太陽の光を必要としない種類なのだ。そのため、ひまわりの種は太陽光が届かないよう、土を被せないといけない。
畝を作って、水はけをよくしておく。強く根が張るように、高めの畝を作るのがポイントだ。
次に、種蒔きを行う。
オレンジの半身がすっぽり嵌まるくらい掘って、種を二、三粒植える。その上に、しっかり土を被せた。
同じ花畑で育てていたベゴニアやペチュニアは、好光性種子だ。
これは、発芽のさいに太陽の光が必要となる。種に土を被せない状態で、育てていくのだ。
ちなみに、ニンジンやカブ、レタスなども好光性植物らしい。
トマトやタマネギ、ナスなどは嫌光性種子なのだとか。
野菜の知識は皆無だったので、アニャやマクシミリニャンが教えてくれた。
種類によってきちんと把握していないと、育ちにくくなるわけだ。
十日前後で芽が顔を覗かせる。ひとつの穴から二、三個発芽した場合は、葉がつやつやで茎がしっかりしているものを残し、あとは間引いていく。
腐葉土などで土壌作りをしていたからか。ひまわりは日に日にぐんぐん育っていった。
開花し始めたころ、養蜂箱を設置する。
流蜜期を少し過ぎているものの、蜜蜂たちはひまわりの花蜜をよく集めてくれた。
しばらく経つと、ひまわりは満開となる。
みんなの力で作った、ひまわり畑だ。その中を、蜜蜂たちが優雅に飛び回っている。
眺めていたら、感極まってしまった。
服の袖で涙を拭っていたら、背後より声をかけられる。アニャだった。
「イヴァン、休憩にしましょう」
「う、うん」
振り返った俺を見て、アニャはギョッとした。
「やだ、イヴァン、どうしたの? スズメバチにでも刺された?」
「違う。ひまわり畑を見ていたら、泣けてしまって」
アニャは敷物を広げ、こっちにこいと手を振る。
腰を下ろすと、どういうことかと問いかけられた。
「どこから話せばいいのかな……」
アニャはもう、いい加減俺の実家の話なんて聞きたくないだろう。
「あまり、聞いていて気持ちのいい話ではないんだけれど」
「いいから話しなさい」
「はい」
実家では、兄弟全員に花畑が振り分けられている。唯一、俺を除いて。
十三人も兄弟がいたら、行き渡らないというのが現実だ。
「一番働いているイヴァンの畑だけないなんて、おかしな話だわ」
「そうだよね」
土地は広げようと思ったら、広げられた。ただ、手間暇かけて開墾する時間と人手がなかったのだろう。
「俺が家から出て行くときになって、母さんはやっと開墾するから残らないかって言ってきて」
今更そんなふうに言って引き留めても、もう遅い。
都合よく使われる人生よりも、自分の頑張りを認めてくれる場所で働きたい。そんなささやかな夢を、抱いていたのだ。
マクシミリニャンやアニャは、俺の働きを認めてくれた。
そして、何も望んではいないのに、こうして山を切り開いて開墾し、畑を贈ってくれたのだ。
「満開のひまわりを見ていたら、嬉しくって泣いてしまったんだ」
「そうだったの。悲しくって、泣いているのかと思った」
「ぜんぜん」
アニャの背後で、ひまわりが揺れる。
なんて美しい光景なのか。しばし見とれてしまった。
「アニャは、ひまわりみたいだね」
褒めたつもりだったのに、アニャは眉間に皺を寄せる。
「イヴァン、それって、ひまわりみたいににぎにぎしいってこと?」
「いやいや、違う、違う。ひまわりって、太陽みたいだから。明るくって、きれいで。見ていると元気になるというか、なんというか。好きな花なんだ」
「そ、そうだったのね」
アニャの眉間に皺が解れ、淡く微笑んでくれた。
やっぱり、アニャはひまわりみたいにきれいだ。
改めて、実感してしまったのである。




