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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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番外編 茶菓子には、スコーンを

 養蜂箱の見回りから戻ると、ベリーを煮詰めているような甘い匂いが漂っていた。

 きっと、マクシミリニャンがジャムを作っているのだろう。

 以前までの俺だったら、アニャがジャムを作っていると勘違いし、台所を覗き込んでいた。

 今は違う。

 我が家において、甘い物を作っているのはだいたいマクシミリニャンだと学習していた。


 マクシミリニャンのジャムやケーキはとびきりおいしい。

 けれども、可愛いアニャがジャムをぐつぐつ煮込んでいると確信しつつ、台所を覗き込んだとき、フリフリエプロンをまとったマクシミリニャンだったときの衝撃といったら……! 言葉にできない。


 アニャも甘いものを作る日はある。けれども、ごく稀だ。

 フリバエ家において、アニャは肉料理とか酒作りとか、豪快な料理を得意とするのだ。

 他にも、鹿の角でペーパーナイフを作ったり、樹を削って皿を作ったりと、渋い工芸品を得意とする。


 一方で、マクシミリニャンはレース編みが得意である。

 職人気質なところは、よく似ているのだろう。


 家に帰ると、マクシミリニャンが嬉しそうにベリージャムを食卓に並べていた。


「おお、イヴァン殿、おかえり」

「ただいま! 今日はジャムを作ったんだ」

「ああ、そうだ」


 マクシミリニャンは控えめに、本日の成果を報告する。


「ブルーベリーと、リンゴンベリー、ラズベリーのジャムだ」

「へー、三種類も作ったんだ。どれもきれいに仕上がっているね」

「そうだろう?」


 ひと休みするかと思いきや、そうではないと言う。これから、スコーンを焼くらしい。


「やはり、ジャムといったらスコーンである」

「スコーンかー。なんか、お貴族様が好きなお菓子って感じ」


 マクシミリニャンの生まれ故郷では、トルテと呼ばれるクリームがたっぷり塗られたケーキが茶菓子の主流だったようだ。

 スコーンは別の国で、愛される茶菓子だという。


「シンプルな味わいが、たまらないのだ。今日は、蕎麦粉で作ろうと思う」

「だったら、手伝うよ」

「疲れているのではないのか?」

「平気。それに、早くスコーンを食べたいから」

「そうか。ならば、遠慮なく手伝ってもらおう」


 以前、スコーンをロマナから貰ったことがあるが、生地はどっしりみっちりしていて、口の中の水分はもれなくすべて持っていかれた。

 おいしいか、と聞かれたら、「まあ、おいしい……かな?」という感想しか出てこない。

 果たして、蕎麦のスコーンとはどんな味わいなのか。

 何事も挑戦である。


 まず、生地を用意するという。


「蕎麦粉、ナッツ粉、糖蜜粉、ふくらし粉、塩を入れたものを混ぜる。これに、山羊の乳と菜種油、柑橘汁、バニラビーンズにレモンの皮を加えたものを混ぜるのだ」


 しっかり混ぜてまとまった生地は、冷暗所で三十分ほど寝かせる。

 三十分後――厚みのある生地を三角形にカットし、油を塗った鉄板に並べてしばし焼く。


「できたぞ!」


 窯から、焼きたてホカホカのスコーンが出てきた。とってもおいしそうである。

 皆を呼んで、お茶の時間にした。


 女性陣は瞳を輝かせながら、スコーンを見つめている。


「スコーンだわ!」

「いい匂いだねえ」


 スコーンには、〝クロテッドクリーム〟と呼ばれる、バタークリームに似たものをジャムと一緒に載せるらしい。


「新鮮な羊の乳で作ったクロテッドクリームだ。存分に味わってほしい」


 マクシミリニャンの食べ方を横目で見る。

 まず、スコーンに切り目を入れて半分に割り、ジャムを載せてから、その上にクロテッドクリームを塗るようだ。

 マクシミリニャンは慣れた様子でやっているものの、ジャムの上にクロテッドクリームを塗るのはなかなか難しい。熟練のわざなのだろう。

 なんでも、クロテッドクリームにスコーンの熱が加わると、溶けて風味が落ちてしまうらしい。そのため、クロテッドクリームはジャムの上に、がマクシミリニャンの中でのおいしい食べ方なのだそうだ。


 ジャムはラズベリージャムを選んだ。さっそく、頬張る。


「むうっ!?」


 おいしい!! と叫んでしまった。

 生地はサクサク。ほんのり蕎麦の風味が香っていた。

 これに、甘酸っぱいラズベリージャムと、濃厚なクロテッドクリームが合うのだ。


「お義父様、これ、天才的においしい!」

「焼きたてはおいしいからな」


 もちろん、それもある。けれども、このスコーン自体がすばらしくおいしいのだ。

 クロテッドクリームやジャムを塗っているからか、スコーンを食べても口の中の水分を持っていかれることはない。

 おそらくだが、このスコーンというお菓子はジャムやクリームを塗る前提で作られているのだろう。ロマナに貰ったスコーンはそのままだったので、口の中がカピカピになったのかもしれない。


 アニャやツヴェート様も、笑顔で食べている。

 女性は皆、スコーンが好きなのかもしれない。

 同じように微笑みつつ頬張るマクシミリニャンも。


 スコーンの作り方は覚えた。今度は俺が作って、家族を笑顔にしたいなと思った。 

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