番外編 夏至祭とクローバー
山で作られた蜂蜜は、驚くほどおいしい。
美しい山の湧き水で育った植物から作られているからだろうか。不思議である。
中でもお気に入りは、〝クローバーの蜂蜜〟。
クローバーというのは、草原によく生えているアレだ。
山には大量のクローバーが自生している場所があり、そこではクローバーの蜂蜜が作られている。
これまで、複数の野草の花蜜が混ざった百花蜜を作ったことはあったが、クローバーのみというのは初めてだった。
クローバーの蜂蜜はコクがあり、まろやかな甘みとほんのり感じる酸味が特徴だ。
そんなクローバーの蜂蜜を使って、アニャが作ってくれたハニーチキンはとてつもなくおいしかった。
ちなみに、余所の国では農家と協力し、クローバーの蜂蜜を作っているらしい。
なんでもクローバーは緑肥と言って、畑で育ててそのまますき込むことにより、肥料として利用されているのだとか。
休耕地にクローバーの種を蒔き、開花させる。そこで、蜜蜂がクローバーの花蜜を集めるというわけだ。
人が生きる営みの中で、蜂蜜が生まれる。なんとも興味深い話であった。
採蜜期の最中、クローバーの花は元気に咲き誇っていた。
たくさんの蜜蜂がぶんぶん飛び回り、花蜜をせっせと集めている。
今日も、たくさんの蜂蜜が採れた。
少し休憩するためにアニャと草むらに座り込む。
アニャのために、花冠を編んだ。
姪に作るように命じられたので、得意なのだ。
「アニャ姫、どうぞ」
「あら、ありがとう。素敵ね」
「うん、花冠を被ったアニャはとっても素敵」
クローバーの花冠を被ったアニャは、世界一愛らしい。
「大事にするわね」
「いや、家畜の餌にしてもいいから」
「もったいないわ。壁にかけて、飾っておくんだから」
「そ、そっか」
クローバーの花冠なんてすぐに色あせて枯れてしまうというのに、なんて健気なのか。
枯れない贈り物をあげたいと、強く思ってしまう。
今度、村に下りたときにアニャへ贈り物を買って帰ろう。
そんな決心を心の中で固めた。
「イヴァン、そういえば今日って夏至?」
「あ、だね」
夏至とは、一年の中でもっとも昼が長くなる日である。
実家にいたころは働いても働いても空が明るいので、若干憂鬱になっていた。
「イヴァンが育った街では、何か夏至の催しをしていたの?」
「うん。広場に魔除けの火を焚くんだ」
祝い火とも呼ばれていて、雨乞いや落雷避け、疫病避けの願いを込めて、大きな火を一晩中絶やさずに燃やしていた。
「麓の村では、豊穣のシンボルを建てて、ダンスを踊るの。小さな頃に、お父様と参加したことがあったわ」
「へえ、そうなんだ」
それ以降は、参加していなかったらしい。
「毎年カーチャが、ダンスを踊ってやるって、上から目線で誘うものだから、嫌で嫌で。絶対に行くものかって、意地になっていたのよね」
アニャの記憶の中にあった夏至祭は、とても楽しいものだった。
だから、カーチャなんて気にしないで行けばよかったのだと、寂しそうに呟く。
「だったら今晩、夏至祭をしようよ」
「うちで?」
「そう! 庭に焚き火を焚いて、一緒に踊ろう」
そんな提案をすると、アニャの瞳が輝いた。
「楽しそうだわ!」
「早く帰って、仕事を終わらせて準備しようか」
「ええ」
急いで帰宅し、猛スピードで仕事を終える。
マクシミリニャンやツヴェート様も、夏至祭を楽しそうだと言って準備を手伝ってくれた。
豊穣のシンボルは、今日俺が作った花冠らしい。地面に刺した棒に吊り下げていた。
マクシミリニャンが、張り切って大きな焚き火を作る。
ツヴェート様はごちそうを作ってくれた。
焚き火の周囲で、料理を堪能する。
お腹いっぱいになったら、ダンスの時間だ。
マクシミリニャンが故郷の弦楽器を持ち出して、演奏してくれた。
お酒を飲んだツヴェート様は上機嫌で、歌っている。
それに合わせて、アニャとダンスを踊った。
楽しそうに微笑むアニャを見ていると、幸せな気持ちになる。
来年もやろうと、約束を交わしたのだった。