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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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130/156

養蜂家の青年は、蜜薬師の花嫁と結婚式を挙げる

 明日、アニャに花嫁衣装を渡す日となる。

 前日である今日は、大忙しであった。

 俺の仕事は、アニャを外へ連れ出すこと。

 流蜜期は終わったものの巣箱を見て回ったり、キノコやベリーを摘んだり、花畑で膝枕をしてもらったりと、忙しくも楽しい時間を過ごした。

 その間に、ツヴェート様はケーキを焼き、マクシミリニャンは明日食べるごちそうの下ごしらえをしていたようだ。

 せっかくなので、披露宴をしようという話になったのだ。

 披露する親族はいないけれど……。

 夕方になって、マクシミリニャンが麓の村に用事があると言って出かけた。

 夜の山は危険だと言ってアニャとふたりで止めたが、途中で休むから大丈夫と言って飛び出していったのだ。


 ツヴェート様は好きにさせておくようにと言う。

 夜の山の脅威といえば熊だが、マクシミリニャンには勝てないだろうと。

 たしかに……と思ったものの、一応、マクシミリニャンも人間だ。自然には勝てない。

 昼前には帰ると言うが……。

 いったい何があったのか。心配である。


 マクシミリニャンのことが気がかりではあったものの、朝からツヴェート様と共に結婚式の準備が進められる。

 離れの簡易台所で用意されたごちそうを見て、驚いた。

 四人では食べきれないほどのごちそうが、用意されていたのだ。


「ツヴェート様、これ、俺達だけで食べきるの?」

「あんたやマクシミリニャンは、食べ盛りだろうが」

「いやいや、ここまでは……。まあでも、数日かけて食べるのもいいのかも?」

「だろう?」


 ツヴェート様はこれから、アニャの着付けに行くという。

 二時間ほどかかるらしい。


「あんたはこれを着て、庭にごちそうを並べておくんだ」


 そう言って、ツヴェート様は美しい布の包みを差し出す。


「これは?」

「あんたの、花婿衣装だよ」

「え!? 俺の分もあったの?」

「当たり前じゃないか。花嫁の隣には、着飾った花婿がいるものだろう?」

「ツヴェート様……!」


 俺が知らない間に、マクシミリニャンとふたりで用意してくれたようだ。

 まさか、俺にまでサプライズを用意してくれるなんて。

 思わず涙が溢れてしまう。


「言っておくけれど、アニャのように一から作った衣装ではないからね」

「とんでもない。とっても嬉しいです」


 包みを開いてみたら、そこには白い衣装が畳まれていた。広げてみて、驚く。


「あれ、これ、マクシミリニャンの軍服を仕立て直した物なの?」

「そうだよ」


 銀のボタンや立派な帝国の紋章は剥ぎ取られ、代わりに金メッキのボタンと蜜蜂の意匠が刺された紋章が胸に縫い付けられていた。


「銀のボタンは売り払って、結婚式の費用に充てたんだよ」

「そうだったんだ」


 大柄なマクシミリニャンのための一着だったので、寸法を直すのは大変だっただろう。

 ツヴェート様に、心からの感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとう、ツヴェート様」

「いいんだよ。先に言いだしたのは、マクシミリニャンだからねえ」


 結婚式にも使った思い出の一着だろうに。ますます泣けてくる。

 そんな俺をツヴェート様は優しく抱きしめてくれる。が、次の瞬間には力強くどんどんと背中を叩いた。

 しゃっきりしろと、暗に言いたいのか。おかげで、気合いが入った。


「きちんと着こなすんだよ。それから、万全の状態で花嫁を迎えるんだ」

「了解です」


 ツヴェート様を見送り、いただいた服に着替えた。

 きちんとブーツまで用意されていて、袖を通したらそれなりにいい感じに見えた。

 どんな人間でも、軍服を着たら自然と背筋がピンと伸びるのだろう。

 マクシミリニャンとツヴェート様に感謝だ。

 この前購入した銀の指輪は、ポケットの中に忍ばせておいた。


 着替えが終わったら、庭にごちそうを運ぶ。

 すでに、敷物は広げられていた。中心には、ツヴェート様が焼いた二段重ねの立派なバターケーキが鎮座している。蜜漬けリンゴで作った薔薇の花が飾られた、大変美しいケーキだ。

 蜂蜜の瓶を並べ、パンが山のように詰め込まれたかごを置く。

 ごちそうは、蕎麦粉焼きスリヴァンカ芋のペストリーシュトルクリ、ひき肉の揚げパイ、豚のカツレツポパーニ・コレットレット、カエルのからあげ、トリュフソースのパスタ、それからビーフスープやマッシュルームスープなど、汁物も用意されている。こちらは食べる直前に温めてから持ってくるらしい。

 飲み物はコーヒーに薬草茶、バターミルク、ワインと、種類も豊富だ。

 こうしてごちそうを眺めていると、これまでの頑張りの成果だということに気づいた。

 一年かけて作った蜂蜜や保存食が、これでもかと使われている。感慨深い気持ちになった。


 イヴァン、とツヴェート様が呼ぶ。母屋の窓から、叫んだようだ。相変わらず、よく通る声をお持ちで。

 何かと思えば、アニャの身なりが整ったらしい。身振り手振りで教えてくれる。

 迎えに来いと命じられた。

 マクシミリニャンが戻ってきていないがいいのか。

 躊躇っていたら、早く来いと急かされてしまった。


 もうすぐ、マクシミリニャンも戻ってくるだろう。

 駆け足で母屋まで戻って、扉を開く前に深呼吸をした。

 この扉の向こう側に、花嫁衣装をまとったアニャがいる。そう考えると、ドキドキと胸が高鳴った。


 早く会いたい。けれども、緊張してしまう。

 と、ここで窓から咳払いが聞こえた。ツヴェート様だ。さっさと開けるようにと言いたいのだろう。

 意を決し、扉を開いた。

 その先に、花嫁衣装をまとったアニャが立っていた。

 みんなで作った純白のドレスをまとい、オレンジの花で作った花冠のベールを被っていた。

 夢のように美しい花嫁である。


「アニャ――! なんて、きれいなんだ」

「イヴァン!!」


 アニャは俺を見た瞬間、抱きついてきた。

 あまりにも美しすぎて、触れたら壊れてしまいそうだと思っていた。けれども、こうして触れ合うと、いつもの元気なアニャだと思う。


「イヴァン、ありがとう! まさか、こんなすてきな贈り物を用意してくれたなんて」

「みんなで用意したんだ」

「本当に、本当にありがとう。嬉しい」


 細い体を抱き返すと、幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。

  アニャに隠しながら準備をするのは大変だった。

 花嫁衣装作りに精を出すあまり、アニャに寂しいと言われたときは胸が痛んだ。

 それでも、やり遂げなければと己を鼓舞し、頑張ってきたのだ。

 その結果、アニャに喜んでもらえた。これ以上、心が弾むことはないだろう。


「イヴァン、あなたもすてきだわ。かっこいい」

「ありがとう。お義父様の軍服を、ツヴェート様とふたりで仕立て直してくれたんだ」

「そうだったのね」


 アニャは涙で濡れた顔のまま微笑み、ツヴェート様へ感謝の言葉を告げた。


「ああ、なんて日なの。嬉しくてたまらないわ」

「本当に」


 幸せを分かち合う俺達に、ツヴェート様が声をかける。


「幸せな新郎新婦を祝福する客がやってきたぞ」

「え?」

「誰?」


 外に出ると、マクシミリニャンがちょうど帰ってきたところだった。

 彼はひとりではない。


「イヴァン兄ーーーー!!」

「おーーい、イヴァン!」


 ツィリルとミハルの声だった。

 なんと、マクシミリニャンはツィリルを横抱きにし、ミハルを背負った状態でやってきたではないか。


「ええ、びっくりした。ど、どうしたの!?」

「このままのペースでは間に合わないからって、マクシミリニャンのおじさんがおれたちを抱えて登ってきたんだ」

「す、すごすぎる」


 ツィリルとミハルを抱えて帰ってきたマクシミリニャンだったが、疲れた様子はなかった。


「五年前に捕らえた熊のほうが、重かったぞ」

「そ、そうだったんだ」


 なんでも俺たちを驚かせるために、ツィリルとミハルを招待していたらしい。

 麓の村への用事は、ふたりを迎えにいくためだったようだ。


「お義父様、ありがとう! ミハルとツィリルも、遠いところまで来てくれて、本当に嬉しい!」

「イヴァン兄の結婚式だもん! 絶対参加したかったんだ」

「俺も、大親友としては、参加しないわけにはいかないだろう」

「うん!」


 お腹がペコペコだというので、みんなでごちそうを食べる。


「さあさ、お腹いっぱい食べるんだ」


 ツヴェート様の言葉に、ツィリルは「やったー!」と無邪気に喜ぶ。

 量が多いと思っていたが、ツィリルやミハルの分が含まれていたからだったのだ。


 マクシミリニャンはアニャの花嫁姿を見て、大号泣していた。食事どころではないようだ。


「このような花嫁の姿など、一生見られないと思っていた。今日は、最高の一日だ」

「お父様ったら、大げさね」


 マクシミリニャンの喜ぶ姿を見ていたら、俺まで泣けてくる。

 水分不足にならないよう、ツヴェート様がそっと水を差しだしてくれた。

 や、優しい。


「いや、なんか、俺も泣けてきた」

「え、なんでミハルも泣くの?」

「だって、ずっと自分を押し殺して我慢していたイヴァンが、こんなに幸せそうで……! お前、よかったなあ!」

「ミハル……」


 ミハルが泣いた姿を見たのは、初めてかもしれない。

 ここまで喜んでくれるなんて、感極まってしまう。


「イヴァン兄が幸せで、おれも、嬉しい!!」


 ツィリルは元気いっぱいだ。

 怖がっていたマクシミリニャンにも懐き、今は膝の上に収まっている。ツヴェート様にも物怖じせずに話しかけ、可愛がってもらっていた。

 ツィリルは俺とは違い、みんなから愛されるような性格だ。

 きっと、この先の人生も、光で満ちあふれているだろう。


「そういえばイヴァン、今朝、畑を見たら蕎麦の花が満開だったの」

「へえ、そうなんだ」

「見にいかない?」


 ツヴェート様がふたりで行ってこいと、手を振る。お言葉に甘えて、アニャとふたりで蕎麦畑に向かった。


「わ~~!」


 蕎麦畑には、白い花が満開だった。風が吹くたびに、白い小さな花がふわふわと揺れている。とても可愛らしい。


「きれいだ」

「でしょう?」


 なんだか、切切たる思いがこみ上げてくる。

 去年の春、ここへやってきた。

 最初、アニャは婿入りに反対し、受け入れてもらえなかったのだ。

 どうにか結婚してもらおうと、俺は蕎麦の種を使った賭けにでた。

 この国には、蕎麦に関する謂われがあるのだ。


 ――新しい場所で蕎麦の種を蒔いて、三日以内に芽がでてきたら、そこはあなたの居場所です。


 奇跡が起きて、俺が植えた蕎麦の種は三日目の朝に芽吹いた。

 そこから、アニャとの結婚生活が始まったのだ。


 山の暮らしは大変の一言。

 それでも、今までよりずっと、生きているという感じがする。

 俺はこの先一生、彼女の隣で生きていく。そう、決めたのだ。


「アニャ、これからもよろしくね」

「こちらこそ」


 手を差し出すと、そっと指先を重ねてくれた。

 アニャの手を取り、優しく引き寄せる。

 蔦と花が彫られた指輪を、彼女の細い指に嵌めた。


「イヴァン、これは――!」

「永遠の愛の証だよ」


 模様を確認したアニャは、頬を赤く染める。

 俺の分を差し出すと、左手の薬指に嵌めてくれた。


 アニャを抱きしめ、そしてキスをした。

 これで、俺達の愛は永遠のものとなる。 


 ひときわ強い風が吹くと、蕎麦の花から蜜を集めていた蜜蜂たちがいっせいに飛び立った。


 まるで、俺たちの結婚を祝福してくれているかのよう。

 なんて美しい光景なのか。

 アニャと見たこの景色を、一生忘れないだろう。


 そんなわけで、養蜂を営む一家の暮らしは続いていく。

 家に帰ると優しく迎えられ、食卓にはおいしい食事が並び、会話は盛り上がる。

 理想を描いたような温かな家庭が、山の上にはある。


 蜜蜂が運んでくれた幸せを、いつもいつまでも大切にしたのだった。


 養蜂家と蜜薬師の花嫁――完

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

これにて完結となりますが、番外編を8が付く日に更新できたらいいなと思っております。

また、夏には書籍版が発売となります。すてきなイラストレーターさんに、イヴァンやアニャ、マクシミリニャンを描いていただきます。お待ちいただけたら幸いです。

それでは、これからも『養蜂家と蜜薬師の花嫁』をよろしくお願いします。

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