養蜂家の青年は、毛刈りに挑む
家畜たちの出産シーズンが終わって汗ばむようになってくると、今度は毛刈りシーズンとなる。
我が家で飼育しているのは、カシミヤ山羊とアンゴラ山羊の二種類。
数は多くないが、毛刈りは大変らしい。
コツを、マクシミリニャンが教えてくれた。
「まず第一に、山羊を傷つけないことは当たり前として、疲れさせないようにするのも大事である」
人間のために毛を提供してくれるのだ。そのため、可能な限り丁寧に、手早く。山羊の健康、精神状態を第一に進めたいという。
「その昔、カシミヤやアンゴラの毛は、貴族の間で高値で取り引きされていた」
そのため一枚でも多く出荷しようと、次々と毛を刈って、織物を生産していたらしい。
「毛刈りをしたあとの山羊は、酷い状態だった……!」
血まみれで、息も絶え絶えだった。それだけでなく、毛刈りが原因で命を落とす個体もいたようだ。
「家畜を雑に扱う者達は、今も多く存在する。そんな行為を毛嫌いし、毛皮自体を嫌う者もいるという」
命を奪う行為に嫌気が差し、肉すら口にしない人達もいるようだ。なんと、野菜しか食べないらしい。
「ただ、そういう者達も、命との関係は断ち切れない」
そうなのだ。たわわに実った野菜も、家畜や魚介の肥料を使って作られる。
この世に生きる者達は、すべてどこかで繋がっているのだ。
「我々は、命を奪う者の頂点にいると言っても過言ではない。その行為を毛嫌いしても、生きる以上、どこかで犠牲を強いている」
そんな中で、自分達に何ができるのか。
それは、命ある者達へ敬意を示すことだろう。マクシミリニャンは自らの考えを語る。
「適当に扱ってよい命など、この世にひとつとて存在しない。それを、わかってほしい」
マクシミリニャンの言葉に、深々と頷いた。
そんなわけで、長い前置きのあと、山羊の毛刈りを開始する。
まずは、アンゴラ山羊から。
耳が垂れていて、おっとりしている印象がある。
毛は長く、刈り取ったものは〝モヘヤ〟と呼ばれているようだ。
毛刈り用の山羊は、普段から人に慣れるよう、触れ合うように言われていた。
三日に一度は、櫛を入れて毛刈りと似たような状況を体験させている。
その努力のたまものか、山羊は胸に抱いても大人しくしていた。
頭をよしよし撫でてやると、「べえ~~」と甘い声で鳴く。
鋭い角があるので、毛刈りのさいは注意が必要である。
そんな角には、手作りのカバーをかけておくのだ。そうすれば、もしも暴れたときの被害も比較的小さなものとなる。
「少しの間、頑張れよ」
声をかけると、再び「べえ~~」と鳴いた。
マクシミリニャンは毛刈り用のはさみを手に取り、真剣な眼差しで山羊を見下ろす。
そして、ジャキジャキと毛を刈っていった。
職人顔負けの腕前で、山羊の負担を最小限にするよう気遣いながら作業を進めていく。
三頭目から、俺もやるようにとはさみを手渡された。
見て覚えるように言われていたのだ。
マクシミリニャンが山羊を抱くと、途端に大人しくなる。普段から、ああして胸に抱いていたのかもしれない。
緊張しつつ、はさみを入れた。じょきん、じょきんとこれまで経験したことのない手応えを感じる。
時折「べえええ」と鳴くので、手が止まりそうになった。マクシミリニャンが「気にするな、進めろ」というので、手を動かす。
足下などの難しいところはマクシミリニャンが刈ってくれた。
なんとか終わったと、胸をなで下ろす。
続いて、カシミヤ山羊の毛を刈り取っていく。
くるくると癖のあるアンゴラとは異なり、カシミヤはまっすぐ長い。
櫛を使いながら、梳くようにして刈り取っていくのだ。
直前まで雄同士で喧嘩していた山羊も、マクシミリニャンが胸に抱いて「よーしよし、よーしよし」と撫でると不思議と大人しくなる。
とてつもない包容力だと、羨ましく思ってしまった。
そんなこんなで、二日間かけて丁寧に毛を刈り取った。そのあとの毛は毛玉やゴミを除去したり、痛んでいる場所がないか調べたりする。
次に、熱湯に溶かした洗剤で洗っていくのだ。
ここの作業は、アニャが担当する。
一度つけ置き洗いをしたのちに、再び熱湯を使って洗うのだ。
「イヴァン、もっとしっかりもみ洗いして」
「いや、これ、とんでもなく熱っ!」
お風呂の温度と言うけれど、それより熱いのは気のせいでしょうか? 気のせい、なんでしょうね……。
しっかり洗った毛を脱水させ、乾かす。
その後、もう一度同じように洗うという。
最後に、梳綿と呼ばれる作業を行う。
乾燥させた毛を櫛で解し、繊維の方向を合わせるのだ。
針がついた櫛のようなもので、ガシガシと梳っていく。
それを何度も何度も繰り返すと、光沢ある美しい毛が完成するのだ。
これをフエルト状にしたり、紡いで糸状にしたりする。
今回はすべてツヴェート様に託し、草木染めをしてもらってから出荷するらしい。
大切に育てた山羊たちの毛が、服や絨毯となって人々の暮らしを支える。
意識していないだけで、俺たちの周囲にはたくさんの命があるのだ。
感謝しつつ、暮らしたいと改めて思った。




