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養蜂家の青年は、野菜を植える

 のんびりしていた冬とは打って変わり、春は大忙し。

 蜜蜂の世話や家畜の出産ラッシュに加えて、農作物の種蒔きや植え付けが始まるのだ。


 マクシミリニャンが持ってきた野菜の苗は、なんと二年間も育てていたものらしい。三年目から収穫できるようになるようだ。


「えっ、三年目から? そんな野菜があるんだ」


 マクシミリニャンは神妙な面持ちで頷く。


「その昔は、王侯貴族しか口にできない野菜だったのだ」

「そ、そうなんだ」


 貴族しか口にできなかった高貴な野菜の名は、アスパラガス。

 茹でたアスパラガスに、酢と卵黄、パセリなどで作った特製ソースをかけ、ナイフとフォークでお上品に食べていたのだとか。


「アスパラガスかー。たまに、食卓に上がっていたな」

「農業も進化しておるからな。手のかかる農作物も、品種改良や工夫の結果、大量生産できるようになっているのかもしれない」


 マクシミリニャンはアスパラガスが大好物だという。たくさん食べたいので、二年間世話を頑張っていたらしい。


 アスパラガスは緑と白の二種類かと思いきや、紫色もあるという。


「アスパラガス、紫もあるんだ」

「ああ。鮮やかな紫色なんだが、茹でると色が抜けて緑になる」

「えー、不思議!」


 紫アスパラガスはやわらかく、甘みが強くておいしいらしい。


 ちなみに、白いアスパラガスと緑のアスパラガスは別品種と思いきや、同じ品種だという。

 通常のアスパラガスは土から伸びたものを収穫するが、白アスパラガスは土を盛って太陽の光に当てないように育てるのだとか。


「土の中で育ったアスパラガスは、カブのように真っ白の状態で育つのだ」

「なるほど」


 アスパラガスは茹でて食べるのが一般的だが、マクシミリニャンは生のままサラダにして食べるのが好きらしい。


 朝採れくらいの新鮮なアスパラガスでしか味わえない、とっておきのサラダなのだという。数日経ったアスパラガスにはない、おいしさがあるようだ。


「サラダか。食べたことないな」

「では、収穫したら作ってみよう」

「楽しみだなー」


 アスパラガスは、春の終わりから初夏辺りに食べ頃となるらしい。

 そして、十年先まで収穫できるのだとか。

 種植えから三年目でやっと採れるとか大変だと思っていたが、何年も楽しめるのならば作る価値はあるのだろう。


 アスパラガス以外に、キュウリやナス、トマト、カブ、ピーマンなど、豊富な種類の野菜を植えていった。


 ツヴェート様は開墾した場所に畑を作り、薬草ハーブを育てるようだ。


「こっちの列はアニス向こうはカミツレ、オレガノにタイム、セージ、フェンネル、ローズマリー、まあ、いろいろだ」


 他にも、染め物用の植物を植えるという。忙しそうだ。


 アニャはすぐりの木に登って剪定していた。その姿がとてつもなくカッコイイ。

 今度、アニャに剪定の仕方を習おうと思った。そして、いつか「カッコイイ」と言われたい。密かな願望である。


 妻の渋い剪定姿にキャアキャア言っている場合ではなかった。

 キリキリ働かなくては。


 午後からは、アニャと一緒に蕎麦アイダの種を蒔いていく。


「こうして蕎麦の種を蒔いていると、一年前を思い出すわ」

「顔がボコボコになった俺が、婿にしてくれと押しかけた思い出?」

「ふふ、そう」


 初めて出会ったときのアニャの記憶は、強く印象に残っている。


「アニャは、クリーロに跨がって俺達の前に現れたんだよね」

「そうだったかしら?」

「うん。夕日を背に、神々しい雰囲気だったよ」

「ただの仕事帰りだったんだけれど」


 それからアニャに患者だと勘違いされて、親切に治療を施してくれた。おかげで、怪我の治りも早かった。


「そこから、もうひと悶着あったんだよね」

「ええ」


 アニャは遠い目となる。

 せっかくここまで来たのに、婿入りするためにきたと言ったらアニャが猛烈に怒ったのだ。


「だって、普通はこんなところに、望んで婿入りする変わり者がいるなんて思わないでしょう?」

「ははは」


 乾いた笑いしかでてこない。

 家族からいいようにこき使われ、家を飛び出し、山での暮らしを選んだ変わり者こそ、この俺である。


「でも、後悔なんて一度もしていないよ」

「本当に?」

「本当に」


 アニャのほうを見ると、優しい微笑みを浮かべていた。

 我が人生に悔いなしと、改めて思う。


「アニャのほうこそ、後悔していない?」

「していないわ、ぜんぜんっ!!」


 力強く答えてくれた。ホッと胸をなで下ろす。


「私、イヴァンと結婚できて、世界一幸せよ」

「俺も、アニャと結婚できて、世界一幸せ」


 蕎麦を植えながら、そんなことを話す。ほのぼのとした午後だった。

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