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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、蜜蜂と再会する

 春となったが、まだまだ暖かさにはほど遠い。雪も残っている。

 そんな状況だが、蜜蜂の様子を見に行かなければならない。

 いまだ、凍えるような冷たい風は吹いているものの、緑が目覚め始めている。

 太陽の日差しを受け、美しい花々の開花は始まっていた。

 庭に出ると、蜜蜂が目の前を通過する。どうやら花粉を持ち帰っているようだ。


「わっ、アニャ、蜜蜂だ!」

「あら、本当。イヴァンみたいに働き者がいるのね」

「どちらかというと、ツヴェート様みたいなバリバリ働くタイプかも」

「そうかもしれないわ」


 蜜蜂の姿を見ると、なんだかホッとする。

 冬の間、いろいろ仕事をしてきたけれど、一番好きなのは養蜂なんだなとしみじみ思ってしまった。


「じゃあイヴァン、行きましょうか」

「そうだね」


 大角山羊のセンツァに跨がり、蜜蜂の巣箱を目指した。

 久しぶりに跨がったが、体が感覚を覚えているわけもなく。恐怖再びであった。

 風が針のように突き刺さる。眼前に木の枝が迫り、寸前で回避した。

 歩いているときは頬にぺちんと当たるだけの木の枝も、センツァが走っている状態ならばナイフのような切れ味となるだろう。一瞬たりとも、気が抜けない。

 悲鳴を上げつつ岩場を上がり、なんとか巣箱のある場所にたどり着いた。

 センツァから降りたのと同時に、膝の力がガクンと抜けた。

 安堵と疲労に、襲われる。


「ひー、ひー……!」

「ちょっとイヴァン、大丈夫?」

「大丈夫って、言いたい」

「大丈夫じゃないじゃない!!」


 アニャは家から持参していた、蜂蜜水を飲ませてくれた。背中も、優しく撫でてくれる。


「うう、アニャ、優しい」

「当たり前じゃない。私を誰だと思っているの?」

「蜜薬師様です」

「そうよ」


 センツァの背中で乗り物酔いをしてしまったのだろう。何かがこみ上げてきそうになっていたが、アニャの蜂蜜水を飲んだら落ち着いた。


「焦らなくてもいいわ。蜜蜂は逃げないから」

「うん」

「私もちょっと疲れたから、休むわ」


 しばし、蹲ったまま大人しくしておく。アニャは静かに、付き合ってくれた。

 アニャがひとりで働いていたら情けなくなっていただろう。

 こうして一緒に寄り添ってくれるのが、どれだけありがたいか。


「アニャは本当、最高の妻だな」

「ちょっと、いきなり何を言っているのよ」


 照れたアニャが、顔を真っ赤にしている。世界一可愛いと思った。


「すっかり春ね。ここに来るまで、いろいろな花が咲いていたわ。リンゴの花に、タンポポ、ローズマリー、ラベンダー、プリモナリア。他にもいろいろあったような気がするけれど、通り過ぎるのは一瞬だから」

「いや、アニャの動体視力がすごすぎる。俺なんか木の枝を避けるのに必死で、花を見る余裕なんてなかったよ」

「センツァは気にせず、まっすぐ走るのよね」

「クリーロって、枝とか避けてくれるの?」

「ええ、避けてくれるわ」

「そうだったんだ!」


 衝撃の事実である。なんでも、クリーロ自身が木の枝に当たるのが嫌らしい。一方で、センツァは気にせず走りぬけるようだ。


「クリーロとセンツァ、交代する?」

「いや、平気。センツァは、相棒だから」

「そう」


 そんな話をしているうちに、具合もよくなる。作業開始だ。

 まずは、内検――蜜蜂の巣を確認させていただく。


 巣の中では、女王蜂が流蜜期に向けて卵を産んでいるようだ。

 内部の餌が十分に足りているか、病気が流行っていないか、害虫が侵入していないか、雄蜂が増えすぎていないか、隅々まで見て回る。

 餌が足りていない巣には、給餌した。地下の保冷庫に保管していた、蜜枠を差し込んでおくのだ。

 テキパキと確認していかないと、永遠に終わらない。目を皿のようにして、巣に異変がないかどうかを探った。


「アニャ、そっち終わった?」

「ええ」

「じゃあ、次、行こう」

「え、イヴァンのほう、もう終わったの? すごいわね」

「まあね」


 アニャに褒めてもらい、でへへと笑っている場合ではなかった。

 春は短い。急げ、急げ、何がなんでも急げ。

 そんな感じで、バタバタしながら一日が過ぎていった。


 夕方、帰宅すると、エプロン姿のマクシミリニャンに出迎えられる。


「よく帰った。夕食ができているぞ」

「わーいって、お義父様、そのエプロンどうしたの!?」


 フリフリエプロンではなく、無地のエプロンをかけていた。

 これまでフリル付きのエプロン姿しか見ていなかったので、普通のエプロン姿に違和感を覚えてしまう。


「ああ、これは、アニャが作ってくれたのだ」

「ようやく……!」


 アニャを振り返ると、気まずそうに言う。正直、似合っていなかったと。


「ってことは、もしかして、俺の分もエプロンある!?」

「ないわよ」

「ど、どうして?」

「イヴァンはフリル付きのエプロン、似合っていたもの。ねえ、お父様?」

「まあ、そうだな。よく似合っていた」

「いや、ぜんぜん似合っていないよ!!」


 春一番の大声を出してしまった。やまびことなってしまった上に、ツヴェート様に「うるさいよ!」と怒られてしまった。

 理不尽な世の中である。


 

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