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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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養蜂家の青年は、冬を乗り越える

 山の冬は、行動範囲が狭まり、まともに仕事もできないまま一日が終わる。昼夜問わず薄暗くて、蝋燭の火でしずしずと暮らす――なんて勝手にイメージしていた。


 実際に過ごしてみると、まったく違った。

 時間に余裕があるので、普段は取りかかれない手仕事に集中できるし、家族とのんびり過ごす時間も増える。

 一生懸命働いて、夜はお喋りに興じ、ゆっくり眠る。

 それが、冬の過ごし方だった。

 春から秋までかけて、なんでこんなに一生懸命働くのかと、若干疑問に思っていた。

 だが、冬を迎えるとわかる。

 春、夏、秋の労働を乗り切れば、冬を豊かに過ごせるのだ。

 ようやく、俺は気づいたのだった。


 あっという間の数ヶ月だったように思える。

 雪は解け、緑がところどころ顔を出している。

 春がひょっこりと、顔を覗かせていた。

 もうすぐ、蜜蜂達と会えるだろう。


 せっせと作っていたアニャの花嫁衣装も完成となった。

 まだ、アニャが着る前なのに、マクシミリニャンは感極まって涙を流す。

 ツヴェート様は「もう二度と作らないよ」と険しい表情で呟いていた。

 それも無理はないだろう。

 完成した花嫁衣装は、職人が作ったものと見まがうほど、すばらしい仕上がりだった。

 きっと、ツヴェート様が見栄えがよくなるよう、丁寧に仕上げてくれたのだろう。

 俺とマクシミリニャンだけだったら、ここまで美しい花嫁衣装はできなかった。


「まったく、実の娘や孫の花嫁衣装だって作らなかったというのに」

「ツヴェート様、本当にありがとう。アニャも、きっと喜んでくれると思う」

「花嫁に、肩たたきでもしてもらうよ」


 俺とマクシミリニャンが肩叩きをしたいと名乗り出たが、ふたりとも力が強いからとすげなくお断りされてしまった。


 ◇◇◇


 雪が七割ほど解けたら、畑を耕しにいく。雪でガッチガチに圧された土は、想像を絶するほど硬かった。おまけに、雑草も生えている。

 緑だー! 春だー! と喜んでいたものの、雑草、お前はダメだ。

 ひたすら根っこから抜いていく。

 雑草を除去したら、畑を耕していく。涙を眦に浮かべながら、せっせと掘り返していった。


 畑の土を解したら、夏から冬にかけて発酵させた腐葉土と家畜の糞と藁から作った厩肥を混ぜておく。


 その後、しばし放置――したいところだが、雑草がぐんぐん生えてくる。そのため、二、三日に一度雑草抜きを行うのだ。


 開墾した土地は、畑以上に土がガッチガチになっていた。

 ここは、マクシミリニャンが担当してくれた。

 様子を見に行ったところ、驚いた。


「えっ、土が、絨毯のようにフワフワ!」


 マクシミリニャンの剛腕で、土がやわらかく解されていたようだ。

 開墾地の三分の一はツヴェート様の染め物用の植物を育てて、残りはヒマワリを植えていいという。

 待望の、ヒマワリの蜂蜜作りが始められるわけだ。


 雪が解けきったあたりで、やっと山に足を踏み入れられるようになる。

 このシーズンの山は、要注意だという。

 雪で道がぬかるんで足を取られたり、地滑りが起きていたり。

 川は雪解け水で増水しているうえに、流れも速い。なるべく近づかないほうがいいと、マクシミリニャンが教えてくれた。


「もっとも警戒が必要なのは、野生動物である」


 春の野生動物達は、出産のシーズンを迎える。

 出産を終えた雌は、子どもを守るために凶暴になるようだ。


「特に、熊とは遭いたくないな」

「俺も、遭いたくないです……」


 山に分け入るときは、なるべく熊に遭遇しないよう、常に存在を知らせる音を鳴らしておくようにと言われた。

 基本的に、野生動物は臆病である。特殊な状況でない限り、人に襲いかかってくることはない。だから、人間側が「ここにいますよ~」と伝えていれば、向こうから逃げてくれるのだ。


 出産のシーズンは、野生動物だけではない。

 我が家で飼育している家畜達も、どんどん赤ちゃんが生まれていた。

 二頭の山羊が同時に産気づいた日もあった。

 家畜の出産に付き合うのは初めてだというツヴェート様だったが、ベテラン助産師さながらの働きを見せる。

 息んでも山羊の子が出てこないので、逆子だと判断。山羊の産道に手を入れ、子どもを外へと導いていた。


「イヴァン、逆子のときは、あんたもこうするんだよ」

「は、はい」


 羊水まみれだった子山羊は、母山羊が丁寧に舐めてきれいになった。

 時間が経つと、フワフワの可愛らしい姿になる。


 命が産まれた瞬間に立ち会うたびに、尊さのあまり涙してしまう。

 最近、すぐ泣いてしまうのだ。


 

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