養蜂家の青年は、肩こりに悩む
無事、アニャの好みの服を聞き出し、報告する。
マクシミリニャンとツヴェート様が主張していた意匠とは異なるものの、ふたりとも嬉しそうに話を聞いてくれた。
各々が望むドレスがいいと言い合って引かなかったが、一番はアニャが望む花嫁衣装なのだろう。
ツヴェート様はドレスの型紙作りと、ドレス本体の製作を担当する。
俺とマクシミリニャンは、袖に使うレースを編む仕事を任された。
毎晩のようにマクシミリニャンのところに行ったら、アニャが寂しがってしまう。
そのため、作業は主に昼間行われる。
今日はツヴェート様の手伝いをすると言って、染め物小屋の端っこでレースを編んでいた。
染め物小屋は、物置を整理して作った。
村の離れにあったツヴェート様の自宅のように、染め物用の植物が所狭しと天井からつり下がっていた。
ツヴェート様はせっせと、山で採取した植物をぐつぐつ煮込んでいる。
もくもくと湯気が立ち上るなか、真剣な眼差しを向けていた。
糸を浸けている器を覗き込むと、さまざまな色があった。
タンポポみたいに暖かみのある黄色は、マリーゴールドの花。
少し色あせたような渋い緑は、ヒースの葉。
秋を思わせる茶色は栗の皮と、栗のいが。
鮮やかな紫色は、マジョラムの花。
一晩浸けると、糸が染まるらしい。
そのあと、水分を絞って乾燥させたら完成なのだとか。
この糸を、四角い窓枠のような織機を使って織物を作る。
昔はテーブルクロスや布団カバーなど、大型の織物も作っていたようだ。今は食器を置くプレースマットや、クッションカバーなどの、小物を作る体力しかないという。
レース編みも大変だが、糸を一本一本紡ぐ織物も手がかかっている。
織物は人の手で作られたものだと分かっていたものの、こうして目の当たりにするとまた印象がガラッと変わるものだ。
機織りをするツヴェート様は、額に汗が浮かんでいた。
ぼんやり眺めていると、単純な作業に思える。
けれども手元を見ると、目で追いきれないほど素早い動きだった。
枠に張ったたて糸によこ糸を通し、たて糸を一本ずつ掬いながらよこ糸をすいっと通す。紡いだ糸を、専用の櫛を通して糸の目を詰めるのだ。
と、ツヴェート様の仕事に見とれている場合ではなかった。
俺はレース編みをしなければ。
婚礼衣装は冬ごもりの間に作って、春になったらアニャに贈りたい。
忙しい春が過ぎて、養蜂家の繁忙期である採蜜期が過ぎたら、結婚式を挙げようという話になっている。
今からとても楽しみだ。
◇◇◇
レース作りを頑張り過ぎてしまったのか、肩が凝っていた。
これまでにないほどの凝りようで、動く度に肩が悲鳴を上げている。
生活にも支障が出ているので、アニャに相談した。
「アニャ、あの、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「肩が凝ったんだけれど、湿布とかある?」
「どうして肩なんか凝っているのよ?」
「えっ!?」
アニャの花嫁衣装作りは、極秘任務である。白状するわけにはいかない。
言葉を探していたら、アニャがいい感じに解釈してくれた。
「そういえば、昨日はツヴェート様のお手伝いだったわね。何か、力仕事でも任されたの?」
「あ……うん」
心の中で、ツヴェート様ごめんなさい!! と謝る。
バレるよりはいいだろう。そう、言い聞かせる。
「ちょっと待っていてね」
そう言って、アニャは台所のほうへと消えていった。
薬箱のある部屋とは逆方向だ。
十分後、アニャが戻ってくる。手に持った皿には、甘い匂いを漂わせるパンが載っていた。
「アニャ、それは?」
「アーモンド蜂蜜バターパンよ」
「へえ、おいしそう!」
三時のおやつ――というわけではないらしい。
これが、肩こりを楽にする〝薬〟なのだとか。
「え、このパンが、薬?」
「ええ、そう。このアーモンドは、蜂蜜に浸けたものなの。このふたつの食材は、血流をよくしてくれるのよ」
肩こりは肩甲骨周辺にある筋肉の血行が滞った結果、じわじわと痛みを訴える。
血流を改善したら、肩こりは治るというわけだ。
「つまり、この蜂蜜バターパンを食べたら、肩こりが改善されるかもしれないわ」
「しれない?」
「効果は個人差があるから。まったく効かない人もいたのよ」
「そうだったんだ」
動くだけでも苦しい肩こりは、蜜薬師では治せないという。そういうときは、医者を頼るようにと言っているのだとか。
「そういえば冬の間は、村の人達が病気になったらどうしているの?」
「どうって、お医者様を呼んでいると思うわ」
伝書鳩も、冬の間は飛ばさない。完全に、下界との連絡が遮断されてしまうのだ。
そもそも、蜜薬師は医者ではない。
慢性的に症状が続くようであれば、医者の治療が必要なのだろう。
「頼ってくれるのは、嬉しいんだけれど。私にできることは、限りがあるから」
「そうだよね」
周辺にまともな医者がいないので、ついついアニャに頼ってしまうのだろう。
なんとも気の毒な話である。
「そんなことよりも、イヴァン、早く食べなさい」
「はいはい」
アーモンドの蜂蜜漬けの上に、黄金色のバターが置かれている。
なんでも、一緒に食べると、血行の流れがよりよくなるのだとか。
バターにも、意味があったのだ。
さっそくいただく。
「んんー!!」
実は先ほどまで肩の痛みに苦しみつつ、薪割りをしていたのだ。力仕事のあとの甘いものは、沁みる……!
カリカリに焼かれたパンに、甘い蜂蜜と香ばしいアーモンド、そして塩っけのあるバターが載っている。
パンには切り込みが入っていて、蜂蜜がじゅわーっと染み込んでいた。
蜂蜜漬けのアーモンドは、サクサクとした食感が残っている。とてもおいしい。
「一日十粒くらい食べたらいいわ。治るまで、毎日よ」
「はーい」
おいしく治療できるなんて最高だ。
そんなことをしみじみ思う、昼下がりであった。




