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養蜂家と蜜薬師の花嫁  作者: 江本マシメサ


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123/156

養蜂家の青年は、肩こりに悩む

 無事、アニャの好みの服を聞き出し、報告する。

 マクシミリニャンとツヴェート様が主張していた意匠とは異なるものの、ふたりとも嬉しそうに話を聞いてくれた。

 各々が望むドレスがいいと言い合って引かなかったが、一番はアニャが望む花嫁衣装なのだろう。


 ツヴェート様はドレスの型紙作りと、ドレス本体の製作を担当する。

 俺とマクシミリニャンは、袖に使うレースを編む仕事を任された。


 毎晩のようにマクシミリニャンのところに行ったら、アニャが寂しがってしまう。

 そのため、作業は主に昼間行われる。

 今日はツヴェート様の手伝いをすると言って、染め物小屋の端っこでレースを編んでいた。


 染め物小屋は、物置を整理して作った。

 村の離れにあったツヴェート様の自宅のように、染め物用の植物が所狭しと天井からつり下がっていた。


 ツヴェート様はせっせと、山で採取した植物をぐつぐつ煮込んでいる。

 もくもくと湯気が立ち上るなか、真剣な眼差しを向けていた。

 糸を浸けている器を覗き込むと、さまざまな色があった。

 タンポポみたいに暖かみのある黄色は、マリーゴールドの花。

 少し色あせたような渋い緑は、ヒースの葉。

 秋を思わせる茶色は栗の皮と、栗のいが。

 鮮やかな紫色は、マジョラムの花。  


 一晩浸けると、糸が染まるらしい。

 そのあと、水分を絞って乾燥させたら完成なのだとか。


 この糸を、四角い窓枠のような織機を使って織物を作る。

 昔はテーブルクロスや布団カバーなど、大型の織物も作っていたようだ。今は食器を置くプレースマットや、クッションカバーなどの、小物を作る体力しかないという。

 レース編みも大変だが、糸を一本一本紡ぐ織物も手がかかっている。

 織物は人の手で作られたものだと分かっていたものの、こうして目の当たりにするとまた印象がガラッと変わるものだ。


 機織りをするツヴェート様は、額に汗が浮かんでいた。

 ぼんやり眺めていると、単純な作業に思える。

 けれども手元を見ると、目で追いきれないほど素早い動きだった。

 枠に張ったたて糸によこ糸を通し、たて糸を一本ずつ掬いながらよこ糸をすいっと通す。紡いだ糸を、専用の櫛を通して糸の目を詰めるのだ。


 と、ツヴェート様の仕事に見とれている場合ではなかった。

 俺はレース編みをしなければ。


 婚礼衣装は冬ごもりの間に作って、春になったらアニャに贈りたい。

 忙しい春が過ぎて、養蜂家の繁忙期である採蜜期が過ぎたら、結婚式を挙げようという話になっている。

 今からとても楽しみだ。


 ◇◇◇


 レース作りを頑張り過ぎてしまったのか、肩が凝っていた。

 これまでにないほどの凝りようで、動く度に肩が悲鳴を上げている。

 生活にも支障が出ているので、アニャに相談した。


「アニャ、あの、ちょっといい?」

「どうしたの?」

「肩が凝ったんだけれど、湿布とかある?」

「どうして肩なんか凝っているのよ?」

「えっ!?」


 アニャの花嫁衣装作りは、極秘任務である。白状するわけにはいかない。

 言葉を探していたら、アニャがいい感じに解釈してくれた。


「そういえば、昨日はツヴェート様のお手伝いだったわね。何か、力仕事でも任されたの?」

「あ……うん」


 心の中で、ツヴェート様ごめんなさい!! と謝る。

 バレるよりはいいだろう。そう、言い聞かせる。


「ちょっと待っていてね」


 そう言って、アニャは台所のほうへと消えていった。

 薬箱のある部屋とは逆方向だ。

 十分後、アニャが戻ってくる。手に持った皿には、甘い匂いを漂わせるパンが載っていた。


「アニャ、それは?」

「アーモンド蜂蜜バターパンよ」

「へえ、おいしそう!」


 三時のおやつ――というわけではないらしい。

 これが、肩こりを楽にする〝薬〟なのだとか。


「え、このパンが、薬?」

「ええ、そう。このアーモンドは、蜂蜜に浸けたものなの。このふたつの食材は、血流をよくしてくれるのよ」


 肩こりは肩甲骨周辺にある筋肉の血行が滞った結果、じわじわと痛みを訴える。

 血流を改善したら、肩こりは治るというわけだ。


「つまり、この蜂蜜バターパンを食べたら、肩こりが改善されるかもしれないわ」

「しれない?」

「効果は個人差があるから。まったく効かない人もいたのよ」

「そうだったんだ」


 動くだけでも苦しい肩こりは、蜜薬師では治せないという。そういうときは、医者を頼るようにと言っているのだとか。


「そういえば冬の間は、村の人達が病気になったらどうしているの?」

「どうって、お医者様を呼んでいると思うわ」


 伝書鳩も、冬の間は飛ばさない。完全に、下界との連絡が遮断されてしまうのだ。

 そもそも、蜜薬師は医者ではない。

 慢性的に症状が続くようであれば、医者の治療が必要なのだろう。


「頼ってくれるのは、嬉しいんだけれど。私にできることは、限りがあるから」

「そうだよね」


 周辺にまともな医者がいないので、ついついアニャに頼ってしまうのだろう。

 なんとも気の毒な話である。


「そんなことよりも、イヴァン、早く食べなさい」

「はいはい」


 アーモンドの蜂蜜漬けの上に、黄金色のバターが置かれている。

 なんでも、一緒に食べると、血行の流れがよりよくなるのだとか。

 バターにも、意味があったのだ。

 さっそくいただく。


「んんー!!」


 実は先ほどまで肩の痛みに苦しみつつ、薪割りをしていたのだ。力仕事のあとの甘いものは、沁みる……!

 カリカリに焼かれたパンに、甘い蜂蜜と香ばしいアーモンド、そして塩っけのあるバターが載っている。

 パンには切り込みが入っていて、蜂蜜がじゅわーっと染み込んでいた。

 蜂蜜漬けのアーモンドは、サクサクとした食感が残っている。とてもおいしい。


「一日十粒くらい食べたらいいわ。治るまで、毎日よ」

「はーい」


 おいしく治療できるなんて最高だ。

 そんなことをしみじみ思う、昼下がりであった。 


 

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