養蜂家の青年は、蜜薬師の花嫁とりんご酒を作る
アニャの花嫁衣装作りは――順調とは言えない。
なぜかといえば、アニャと花嫁衣装に感情移入しまくっているふたりが揉めるからだ。
「花嫁衣装は、袖口が膨らんでいて、スカートは開花した花のようにボリュームたっぷりのものがよい!」
「そんな花嫁衣装、今時誰も着ていないよ! 都で流行っているのは、袖がなく、スカートがすとんと落ちたシルエットだ」
マクシミリニャンはアニャの母親が着ていた花嫁衣装に似たものを、作りたいらしい。
一方で、ツヴェート様は都会で流行っているような、今風のものを作りたいようだ。
しばらくああではない、こうではないと言い合っていたが――最終的に俺のほうを見て問いかけてきた。
「イヴァン殿!」
「どちらの花嫁衣装がいいと思うかい?」
「ええっ、そうくる? うーん、難しいなあ」
正直、ドレスの形や流行なんてよくわからない。
唯一確かなのは、花嫁衣装をまとったアニャは絶対にきれいだろう、というもの。
「たぶん、アニャは花嫁衣装の形がどうであれ、喜ぶと思うんだけれど。まあ、大事なのは俺がどちらがいいかではなくって、アニャの気持ちかな」
それっぽくまとめてみたが、花嫁衣装の形を選びたくないだけである。
ただ、マクシミリニャンとツヴェート様の胸に響いたようだ。
「大事なのは、アニャの気持ち、か……」
「それまでは、考えていなかった……」
「う、うん。そうそう」
調子のいいことを言っていた罰なのか。
次の瞬間には、思いがけない任務を任されてしまった。
「イヴァン、あんたが、アニャにどんな形の服が好きか、聞いてきてくれるかい?」
「ああ、それがいい」
「え!?」
そんな……まさか……!
アニャから怪しまれずに、上手く聞けるものなのか。
「あの、どうやって聞けばいいの?」
「会話の流れで、服やオシャレの話になったとき、それとなく聞けばいいんだよ」
「アニャはお喋りが大好きだから、答えてくれるだろう」
「いや、でも、アニャと服とかオシャレの話なんてしたことないし。じ、自信がないんだけれど」
「やる前から、できないって言うつもりかい?」
「イヴァン殿、まずは、やってからだ」
「わ、わかりました~」
そんなわけで、重大な任務を受けてしまった。
本当に、上手くいくのか。
ドキドキである。
◇◇◇
本日はアニャとふたり、りんご酒を造る。
使うりんごは、冬の初めに山で採った野りんごだ。
野りんごは市場にあるような、真っ赤なりんごではない。
黄緑色で、小ぶりだ。これは、りんごの原種らしい。
甘そうないい匂いがするものの、とてつもなく酸っぱい。
そのため、お酒にするしかないようだ。
「まず、果汁絞り器を使って、りんごを潰すの」
アニャがどん! と作業台に置いたのは、年季の入った果汁絞り器である。
井戸の手動ポンプみたいな形だ。
器に果物を入れて、ハンドルでぎゅうぎゅうに押して絞るのだろう。
百年ほど、大事に大事に使っている品らしい。
「じゃあ、俺が絞るから、アニャはりんごの投入をよろしく」
「大丈夫?」
「力仕事は慣れているから!」
なんて言ったことを、すぐに後悔する。
「ウッ、硬っ!!」
驚くべきことに、野りんごは石のように硬かったのだ。
「え、どうして? な、なんでこんなに硬いの?」
「これでも、熟れているほうなのよ?」
「そうなの!?」
自慢ではないが、市場で売っているりんごならば素手で割れる。
けれども、野りんごは絶対に無理だろう。自信を持って言える。
「これ、体感なんだけれど、胡桃を潰しているみたい。本当に、りんご?」
「間違いなく、野りんごよ。イヴァン、代わりましょうか?」
「待って。もうちょっと頑張る」
今度は全力で、ハンドルを押した。すると、果汁絞り器からメキ……という、果物とは思わない音が聞こえた。
果汁絞り器の口から、絞ったりんごジュースがぽたぽたと垂れてくる。
ハンドルから手を放したら、手が真っ赤だった。
「これ、すごいね」
これだけ力がかかるのならば、アニャはもっと大変な思いをするだろう。
俺が、全部やってやる!
そんなわけで、すべての野りんごを潰した。
「はあ、はあ、はあ、はあ……!」
「イヴァン、大丈夫?」
アニャが優しく背中を撫でてくれる。その瞬間に、疲れは吹っ飛んだ。
絞った果汁には、種や皮が混ざっている。そのため、煮沸消毒した布で漉すのだ。
果汁は陶器のかめに注ぎ、砂糖をサラサラと入れていた。
その後、蓋をそっと閉じる。
「あとは、暖かい部屋に置いて、発酵させるの」
「酵母とか入れるわけじゃないんだ」
「ええ、不要よ。野りんごの中に含まれている糖分の力で、自然発酵するから」
実家では蜂蜜酒作りを手伝わされていた。
作り方は実にシンプル。蜂蜜に水を混ぜて、酵母を加えるだけ。
近くに酒造があって、各家庭でたくさん作ると怒られていた。だから、毎回こそこそと作っていたような気がする。
最近、禁酒法――酒の所持や製造、輸出、輸入、販売を禁止する法律ができた国があるらしい。
なんでも、酒は悪魔がもたらした、人を堕落させる飲み物だと言われていたようだ。
だから、飲んではいけないと。
「この国は、お酒が禁止されなくて、よかったねえ」
「本当に。りんご酒、けっこういい値段で売れるのよ」
「商品だったんだ」
「飲みたかった?」
「どんな味がするのか、気になるなーって」
「じゃあ、ひと瓶だけ、家で飲みましょう」
「やった!」
今日も一日、頑張った。
眠る前に、マクシミリニャンの離れに行って花嫁衣装計画について話し合う。
「それでイヴァン、アニャはどんな服が好みだと言っていた?」
「一日ずっと、気になっていたのだ」
「あ!!」
アニャと楽しくりんご酒を作るばかりで、任務についてすっかり忘れていた。
ひたすら、平謝りである。




