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養蜂家の青年は、義父から話を聞く

 アニャの花嫁衣装の計画は、夜に進められる。

 マクシミリニャンと酒を飲むと理由づけて、離れに通って作業する。

 まず、デザインを決めなければいけないらしい。

 マクシミリニャンがいそいそと持ってきたのは、自らの結婚式の写真だった。

 年若いマクシミリニャンとアニャの母親が、婚礼衣装をまとった姿で映っている。

 ツヴェート様とふたりで、肖像写真を見入ってしまった。


「うわー、お義父様、若い! アニャのお母さんは、美人だな。っていうか、アニャはお母さん似だったんだ」

「父親に似なくて、よかったねえ」


 マクシミリニャンはバリバリの白軍服である。胸には、立派な勲章が輝いていた。


「っていうか、お義父様の軍服、帝国のやつなんですけどー!!」


 ツヴェート様に声が大きいと怒られてしまう。


「えっ、お義父様、帝国出身なの? なんでここにいるの? どうして養蜂家になったの?」


 疑問が矢継ぎ早に浮かんでくる。質問攻めに遭ったマクシミリニャンは、眉尻を下げて困った表情を浮かべていた。

 ツヴェート様を横目で見る。驚いている様子はなかった。


「あれ、ツヴェート様、知っていたの?」

「国内の貴族とは、明らかに様子が違っていたからねえ」

「え、貴族!?」


 どういうことなのか。改めて、疑問をマクシミリニャンに投げかける。


「いや、すまない。イヴァン殿には、話したつもりでいた」

「いや、ぜんぜん話していないよ! なんか触れたらいけない問題かなって思って、今まで聞かなかっただけ!」

「そうだったか」


 マクシミリニャンは居住まいを正し、語り始める。それは、想像しないものだった。


「我と妻、エミリアは、帝国出身である。ある事情があって、この国へとやってきた」


 なんでも、アニャの母親エミリアさんは皇后の侍女で、蜜薬師だったらしい。

 そういえば、蜜薬師の歴史は、帝国にあるとアニャが語っていたような気がする。


「皇族の侍女のほとんどは、既婚者だ。妻だけ、独身だったのだ」


 その理由は、体が弱く医者から子どもは産めないだろうと診察されていたから。

 自らの健康のために蜜薬師になるための勉強をしていたらしい。

 エミリアさんの蜜薬師としての治療が評判となり、皇后の侍女に抜擢されたようだ。


「私と妻の出会いは、皇族が暮らす〝美しい泉の宮殿〟だった」


 エミリアさんが貧血で倒れているところを、マクシミリニャンが発見し介抱した。これがきっかけで、ふたりは仲良くなったらしい。


「しかしながら、妻は名家の娘。私は、下級貴族の三男。つり合うわけがなかった」


 よき友でいよう。そう話していたのに、マクシミリニャンとエミリアさんの仲を引き裂くような事件が起きた。

 ふたりの関係を疑ったエミリアさんの父親が、結婚話を持ち込んできたのだ。


「相手は妻の父親よりも年上の男。いわゆる政略結婚だった」


 しかも、再々婚だという。世継ぎはいるので、婚姻を結ぶだけでいい。

 体が弱く、子どもが産めないエミリアさんにとっては、都合のいい結婚話だった。


「相手は地位はあれども、女癖が悪いという評判の男だった。私は、その結婚を見過ごすわけにはいかなかったのだ」


 マクシミリニャンはエミリアさんの気持ちを聞く。本当に、結婚したいのかと。


「彼女は、立派な貴族女性だった。不幸になるしかないような結婚を、受け入れていたのだ」 


 エミリアさんは眉尻を下げ、眦には涙をたっぷり溜めていたらしい。そんな表情を見てしまったら、放っておけないだろう。


「結婚式の当日に、我は妻を国から連れ出した」

「何もかも、捨ててやってきたんだ」

「そうだ」


 国を出る前に教会でふたりだけの結婚式を挙げ、記念に写真館で婚礼衣装を撮影したと。

 その後、この国へとやってきた。

 各地で療養しつつ、最終的にこの地へ流れ着いたようだ。

 偶然養蜂をしていたおじさんと出会い、共同管理人となって山仕事を覚えたという。


「結婚から五年後――奇跡が起きた。子どもを産めないと診断された妻が、妊娠したのだ」


 けれども、ひとり目の子どもは流産してしまったらしい。エミリアさんの落ち込みようは、相当なものだったという。


 それからさらに三年後に、アニャが産まれた。


「妻は命を散らせた。けれども、不幸ではなかっただろう」


 マクシミリニャンの話を聞きながら、大号泣してしまう。

 何か重たい過去がありそうだと思っていたが、想像以上だった。


「アニャ~~、アニャ~~、生まれてきてくれて、ありがとう」


 思わず叫んだら、マクシミリニャンは頷きつつボロボロ涙を流す。

 当時の記憶が、甦ってしまったのかもしれない。


「我が娘アニャ!! 天が遣わした、天使!!」

「そのとおり!!」

「だからあんた達、声が大きいんだよ!!」


 一番ツヴェート様の声が大きかったが、これ以上言葉を発しないほうがいいと思った。

 マクシミリニャンとふたり、神妙に頷くだけにしておく。

この物語の年代は、20世紀初頭くらいです。写真、あります。

ちなみに舞台はスロベニア。帝国はオーストリアをモデルに書いています。

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