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養蜂家の青年は、義父の仕事を手伝う

 本格的な冬ごもりが始まる。

 朝はまず、雪下ろしから始めるのだ。率先して、屋根に上って雪を掻きだした。

 雪というのは、積もり積もってとてつもない重量になるらしい。夜、家がミシミシ鳴って涙目になったのは一度や二度ではない。

 そのたびに、アニャが大丈夫だと言ってくれるけれど、まったく慣れないでいる。

 家が雪の重みで潰されないよう、せっせと雪を下ろす毎日だ。


 朝の仕事が終わったら、それぞれ手仕事を行う。

 俺は蜜蜂の巣箱を作っていたが、一日作っただけでもう十分だと言われてしまった。

 その後も養蜂関係の作業に明け暮れたが、三日も経てば仕事もなくなる。

 養蜂以外に、できる作業はない。以降は、家族の手伝いを行うことにした。

 本日は、マクシミリニャンの仕事を手伝う。いったい何を作るというのか。

 普段、マクシミリニャンが生活をしている離れで、作業を開始する。


「今日はレース編みをしようと思う」

「え、今、なんて言った?」

「レース編み、である」

「レース編みだって!?」


 なんでも、マクシミリニャンはレース編みが得意らしい。毎年、冬になるとせっせとレースを編んでいるようだ。


「リブチェス・ラズの養蚕ようさん農家から、蜂蜜と交換で絹糸けんしを手に入れるのだ」

「ようさん? けんし?」

「養蚕は絹の元となる虫、蚕を育てる者だ。絹糸は、絹の糸のことだな」

「へー」


 見せてもらった絹糸は真珠のような美しい照りがあり、手触りがよさそうだった。これを編んで、レースを作るらしい。


「レース編みとか、アニャやツヴェート様が作るのかと思っていた」

「アニャはもっぱら、ボーンナイフ作りだな。鹿や熊の骨を削って、ナイフを作っている」

「そ、そうなんだ」


 ツヴェート様はおなじみの、染め物と機織りをしているようだ。


「でも、なんでレース編みをするの?」

「高値で売れるからだ」


 なんでも、レースは主に花嫁衣装に使われるらしい。

 一着の花嫁衣装だけで、ボーヒン湖をくるりと一周するくらいの量が使われているようだ。


「す、すごすぎる」

「まあ、それくらいたくさん使用しているという、比喩だろうがな」


 かの有名な女帝も、総レースのドレスをまとい、流行の最先端として君臨していたようだ。


「ちなみに、総レースのドレスは一着で、貴族の別荘が建つくらいの金額らしい」

「レース、すごい」


 布や糸はどんどん工業化が進んでいるようだが、レース編みだけは現在も人の手で作られている。

 そのため、高値で取り引きされているのだとか。


「って、俺にもできるのかな」

「そこまで難しくない。教えて進ぜよう」

「よろしくお願いします」


 ここから、マクシミリニャン先生のレース編み教室が始まった。

 マクシミリニャンはガバッと開いていた膝を、優雅にそっと閉じる。どうしてかと思っていたら、絹糸を膝の上にちょこんと置いた。

 マクシミリニャンの真似をして、膝を閉じてみる。なかなか辛いものがあった。気を抜くと、膝がパカッと開いてしまう。


「お義父様、お膝が、どうしても閉まらないのですけれど」

「無理はしなくていい。円卓でも持ってきて、そこに道具を置かれよ」

「はい」


 マクシミリニャンはあんなに綺麗に膝を揃えて座っているのに、できないなんて……。なんだか、はしたないと思ってしまう。


「では、始めようか」


 マクシミリニャンはまず、懐から紙を取り出す。それは、レース編みの設計図のようだ。

 繊細な模様が描かれていて、見ただけで目眩がしそうだった。


「編み方には順番と、編み方記号と呼ばれるものがある。それに沿って、編んでいくのだ」

「ほうほう」


 マクシミリニャンはレース針を取り出し、説明しながら絹糸を編んでおく。太い指先で、精緻な花模様を生み出していた。人類の神秘だと、思ってしまう。


 練習用に綿糸でレース編みをしたが、レース針で指先を刺すわ、指ごと編んでしまって動かせなくなるわ、こんがらがって模様が完成しないわで、とにかく大変だった。


「ふむ。最初はこんなものだろう。大丈夫、じきに上達する」

「え、意外と高評価?」


 なんでも、マクシミリニャンが最初にレース編みをしたときは、もっと酷かったらしい。それに比べたら、きれいに編めているほうだという。


 マクシミリニャンは美しいレースを完成させていた。

 すでに、買い取り先は決まっているらしい。春になったら、結婚する娘さんがいるようだ。


「花嫁衣装かー。アニャが着たら、きれいだろうな」


 何の気なしに呟いた言葉だったが、マクシミリニャンはポロリと涙を零す。


「え、な、なんで!?」

「あ、その、すまない。アニャの花嫁衣装を見てみたいと、ずっと思っていて」

「そうだったんだ」


 一度、俺との結婚が成立したときに、花嫁衣装を着てみないかと提案したらしい。けれども、金の無駄だと無下に断られてしまったのだとか。


 マクシミリニャンは部屋の奥から、木箱を運んでくる。中に収められていたのは、純白の生地だ。


「これ、もしかして花嫁衣装を作るための布?」

「そうだ」


 アニャに拒否されてしまったため、すでに布は買ってあると言い出せなかったらしい。


「お義父様、アニャの花嫁衣装、作ろうよ!」

「ほ、本当か?」

「もちろん。俺も、見たい」


 ただ、マクシミリニャンと俺では、ドレスなんて作れない。頼りは、ツヴェート様である。

 せっせと機織りをしているツヴェート様のもとへ行き、マクシミリニャンとふたりで頭を下げた。


「アニャの婚礼衣装だって? そんなの、協力するに決まっているだろうが」

「ツヴェート様、ありがとうございます」


 そんなわけでアニャの花嫁衣装製作計画が、極秘で進められることとなった。

 

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